暴風雨が来たりて8
「嵐が去りました」
まるで暴風雨のように昴先輩をこき下ろす華黒でした。僕は梅昆布茶を飲んでいる。華黒が風呂から上がっており濡れた髪を丁寧に乾かしていた。
「華黒は僕以外に良いなって想った人はいる?」
「いません」
そう言うよね。質問を間違えた。
「呪詛の範囲外」
「ルシールでしょうか?」
他に居ない辺りがなんともはや。ソレを責めることは出来ないにしても、寛容さが欲しい様子。僕以外に興味がないのはそれはそれで寂しいだろう。ソレを一分も思っていないからこそ華黒の業ではあるんだけども。
「酒奉寺昴と何か話しましたか?」
ドライヤーで髪を乾かす。
「ちょっとね」
「対象からして私か九十九ですよね」
「…………九十九の方」
聡い御仁だことで。
「何と?」
「どうにも不幸に酔っていると」
「そんなことですか」
あっさり述べる華黒さん。
「気付いていたので?」
「兄さんが鈍感なだけですよ」
そーかなー?
「ま、私が不幸に鋭敏なのは今に始まった事でもありませんし」
「それは僕が至らなかったからで――」
「――兄さんに依存していた私の罪業です」
王子様……ね。
「きっと九十九にも譲れないモノがあるのでしょう。別に詮索する義理もありませんけども、そうと望めば別段落ち着かない気持ちも理解は出来ますし」
「不幸ね」
「兄さんには最も縁遠い言葉でしょうけども」
「そっかな?」
「私が不幸になればあるいは……かもしれませんけどね」
「確かに華黒は見過ごせない」
「だから好きですよ。兄さん」
ルンと弾む華黒の声。ドライヤーが追従する。
「じゃあ僕はどうすれば良いんだろう」
「何もしなくていいんです。兄さんは私が養いますので」
「またそういうことを」
「結構本気なんですけどねぇ……」
髪を乾かしながら華黒が言う。僕は梅昆布茶を飲んでいた。
「兄さんは私を嫌いになれますか?」
さてどうでしょ?
「週に一回は面会に行くよ」
「殺人を厭うのも兄さん在ればこそですけど」
「きっと嫌いになれない。僕は華黒を大事に想う。ソレは多分……普遍の概念」
「結婚しましょう」
「却下」
「他に対象がいますかに?」
「いっぱいいるけど」
「私よりおっぱいの大きな人は?」
「九十九?」
「実妹でしょう」
「DNA鑑定も十全だしね」
何の話だっけ?
「兄さんが私を娶るかどうか」
「もうちょっと穏便に行かない?」
「兄さん在ればこそ」
ドライヤーが止まる。紙を渇かし終えたらしい。シルクのような滑らかさ。コヤツの天性は、それだけ規格外と評せる。
「結婚はできますよ?」
「リングが買えないから」
「それを私に求めてください」
「あんまり公正取引委員会に睨まれないようにね」
そう言う問題でも在らざりし。
「兄さんさえ望むなら幾らでも身体を差し出しますのに」
「そういう論拠を口にしないで」
疲れる。本当に疲れる。
「ちなみに兄さんのオカズは?」
「夕餉は生姜焼きだったよね」
サラリと話題を流す。
「私で在れば良いんですけど」
「ノーコメント」
両手を挙げる。降参のポーズだ。
「で、結局、兄さんは私を嫌いになれますか?」
「かなり無理っぽい」
「でしょう」
そこら辺の勘所は押さえているようだ。あまり釈然ともしないんだけど。
「だから華黒にも僕の世界を見て欲しい」
「兄さんは私の呪詛を見ていますか?」
「九十九ほど正確じゃないけどね」
「アレの能力は何でしょうね」
さて。こっちの背景までは知られていないようだけど。何にせよ人の感情が読めるなら人間嫌いも必然か。その意味では、僕の周りは例外だらけだ。別段それで良くはあるんだけど……もうちょっと心に余裕が欲しいところ。
「兄さんも心配なんですか?」
「先輩ほどじゃないけど」
乙女心には詳しくない。華黒は理解できるけど、真っ当な乙女を僕は知らない。ルシール辺りはそんな感じだろうけど、それだって華黒に教えて貰ったからだし。
「むー」
「悩む時間があるなら私を抱いてください。夢の世界へ連れて行ってあげ申し」
毎度ながら華黒は何だかね。
「今日は一緒に寝ましょうね」
「先輩とベタベタしすぎたか」
「ですから勘定分だけ私ともベタベタしましょう」
「そこら辺の四則演算ってどっから来るの?」
「無論。この胸に秘めた乙女心より」
…………乙女心ね。
「兄さんだって興味はあるでしょう?」
「うーん」
華黒は強いなぁ。今更なんだけど。
「とにかくやってみてダメだったら遠慮する形で」
多分そのまま食べられちゃう。ソレだけは断じて言えるのでした。実際問題として、華黒による僕の占有権はあまりに広大だ。僕自身も華黒のソレを止められない。ではどうするかって話なんだけども、暴走を押さえるには「一緒に寝ましょ」以外に答えも無く。
「だから好きですよ! 兄さん!」




