また一人5
パスを受ける。フェイントからのドライブ。華黒はディフェンスを抜き去った。
「――――――――」
跳ぶ。それも高く。ゴールリングに手首が届く。ズバン。ダンクが炸裂した。
「「「「「――――――――」」」」」
体育の時間。ダンクシュートを決めた華黒に賞賛の声が届く。
「おー」
僕も驚いていた。いやダンクを出来るのは知っていたけど、見るとまた偉大で。こういう全能性に於いて華黒はあまりに突出している。勉強だけでなくスポーツも趣味も家事も超一級だ。そして天性の才能にあわせて相応の努力もしている。全ては僕のために。
「なんだかなぁ」
そんな気分。多分華黒一人で三十点は稼ぐだろう。それほど華黒のワンオンワンスキルは群を抜いている。バスケット部の部員ですら問題にしない体力と技巧とセンス。その全てが噛み合わさって、一つの芸術になっていた。
「うーむ」
対して僕は何も出来ない。いやパスは出来るんだけど、シュートは入らないしドリブルも慣れないモノで。できる華黒の器用さよ。
そんな感じで体育の時間は終わった。
「やっぱバスケ部入らない?」
女子生徒が勧誘している。さもありなん。アリウープすら可能とする華黒の身体能力は異常極まっている。別に悪口では無いけども。
「いえ、必要在りませんので」
タオルで汗を拭きながら、素っ気ない華黒。僕がバスケ部に入ればマネージャーくらいはするだろうけども。
「華黒はソレでいいの?」
「三年になってから部活に入っても」
それはそうなんだけどさぁ。総体にでも出られるんじゃない?
「陸上部にもそう言われましたよ」
「さすが」
華黒リズムの極致よ。
「で、部活に入りたいんですか?」
「僕が入っても迷惑掛けるだけだし」
「兄さんなら文化部はいけそうですけど」
「お茶立てるのは趣味じゃないし、花のお世話もなんだかなぁ」
「文芸部とか」
「本を読むなら市立図書館があるしね」
「でしたね」
穏やかに華黒の笑う。
「鹿黒さん。バスケ部入らない?」
やっぱり勧誘。
「急遽許可却下」
よく言えるね、その言葉。僕なら絶対噛む。
「でもさぁ。勿体ないって。本気で」
「別に出来てどうのでもありませんし」
僕に貢献しない事象には華黒は興味を示さない。
「兄貴からも何か言ってやって」
「黙然として候」
別に説得する意義もない。
「才能在るんだから使うべきじゃない?」
「才能なんて在りませんよ」
「ダンク決めて言う?」
「あの程度なら日常茶飯事ですし」
こゆところが嫌味。けれども華黒にその意図が無いのは、普通に普遍だった。相手方もソレを認識しているのか……強く突っかかったりはしない。無敵艦隊ですな。うちの愛妹様は……。
「で、結局こうなると」
市立図書館での受験勉強。華黒は頭が良すぎる。模試でも県内有数だ。
「兄さんの努力も捨てたモノではありませんけど」
「捨てる神あれば拾う神あり……だね」
「そう言う意味でもございません」
ピコンとデコピンされる。悪戯っ気な笑みがただただ可愛い。
「華黒って美少女だよねぇ」
ほんわかに僕は述べた。
「ふえ?」
ボンと赤くなる華黒。多分羞恥だ。ちょっと意外。
「私は美少女ですか?」
「よく言われるでしょ?」
「兄さん以外なら」
「いや、僕も言ってるけど」
「うう~~~~っ」
赤面して羞恥を押さえ込んでいるらしい。それから素早くスマホを取り出して録音機能を作動させる。
「もう一度言ってください兄さん」
「却下」
急遽許きゃきゃっきゃ。やっぱり言えないよね。コレ。
「ソレを聞いても無意味じゃない?」
「兄さんに言われた言葉は全て福音ですよ?」
ほらコレだ。華黒の悪癖。
「ま、たまにデレるから良いんであって」
「お預けですか?」
「華黒なら他の男子が言ってくれるよ」
「兄さんが良いんです!」
知ってる。でも知識と情動は別物で。僕にとって世界は世界だけど、華黒にとって世界とは見知らぬ暗黒で。もっと言えば僕で。僕も華黒も処女じゃ無い。下品な話になった。
「南無天満自在天」
嘆息する羽目に陥る。
「兄さんは意地悪です」
「ま、僕なりに考えてはいるんだけどね」
「私と距離を取る方法?」
「それはないかな? 究極的にはソコだけど」
「隣で死んでくださいね?」
そっちで確定なんかい。いやたしかに投薬治療にも望みは無いけども。
「花岡先生が何というのやら」
「結局そんな感じですよね」
おまいう。
「ところでここの数式が分からないんだけど……」
「ああ。単純に……」
華黒は僕の専属教師を買って出ている。両親も認めていた。国公立の大学なら少しは学費の負担も減らせるだろう。それだけが華黒の思念では無いわけだけども。
「結局人として壊れてるんだよね」
「兄さんの異常性の根幹ですね」
他人事の様に言い切るね。華黒だってそうなくせに。
いやまぁ確かに僕は異常で歪なんだけど、そうでなければ今の僕らはいないわけで。
華黒だって僕がいなければ別の人格を形成していたはずだ。ソレを為し得なかったのが、僕の罪でもあって……だから何かが出来ないかを必死に探している。そこに愛情はあるけど、同分だけ憐憫もある。
華黒を下に見ることは出来なくても、その恋慕を真っ当だとも評論できず。さて、では僕はどうするべきかね。
ちょっとそんなことを考えながら数学の問題を解いていた。




