ドン引き5
「というわけで出来ましたので」
とメッセを送る。隣だ。歩いて五秒。インターフォンが鳴る。僕が出迎えた。
「このたびは馳走になり申して」
「そこまで堅苦しく思わないで良いよ。単なる鍋だから。人数が多い方が盛り上がる」
そんなわけでダイニングに通す。
「うわお」
黛が形式的に驚いていた。ラフな服装は着痩せもせず、双子山を押し上げる。そりゃ女性ならコンプレックスを刺激されるだろう。
「どうも。僕は白坂九十九と言います。先輩方にはこの通り……憶えていただければと存じます」
「お姉さんの実妹ですよね?」
「法的にはね」
市役所では別だけど。僕は百墨真白。彼女は白坂九十九だ。
「よろしくです。九十九さん」
黛が手を差し伸べる。
「どうも。おお。純粋な御方ですね」
「距離が近いってはよく言われるよ」
ニカッと笑う快活さ。それは華黒にもルシールにも無いもの。
「………………えと……どうも……」
ルシールは早くもルシーりっていた。握手も無しだ。ひたすら恐縮している。後輩相手でもルシーるのは変わらないようだ。
「で、こちらが僕の恋人」
「百墨華黒です。よろしく」
スッと華黒が手を差し伸べた。その手に、九十九が手を伸ばす。
「よろしく御願い――」
握手をした瞬間。そこで九十九の言葉は途切れ、
「――――――――」
振り払うように手を離し、腰を抜かす彼女。
「?」
僕らはそれを疑問で見ていた。九十九も顔は深刻さの度合いが六トン半ほどで青ざめていた。なにやら鵺の鳴く夜は恐ろしいとでも言わんばかりだ。
「あ……あ……」
さすがに失禁はしないけど、なにやら華黒を畏れている。それはわかった。
「私がどうかしましたか?」
首を傾げる華黒。本人本気で自覚無し。言う僕だって、九十九が何に怯えているのかも覚れないのだから同罪だ。
「何なのです……貴方……」
絞り出すような声。言葉を振り絞って、それでも少ししか出ない声の色には、あまりに過重な何かがあった。いったい九十九は華黒に何を見たのだろう。テーブルでは水炊きがグツグツと煮込まれている。IHヒーターだ。そして九十九の答えはすぐに出た。
「何故ソコまで世界を呪っておきながら笑えるんです!」
呪詛。おまじない。マギ。
「何故分かるんです? 声に出したつもりはありませんけど?」
「触れば分かります……っ。ちょっと変わった芸風を持っておりまして……」
「もしかして触れた相手の感情を読むとか?」
華黒が首を傾げた。サイコメトリー。あるいはソレに準ずる能力。そういえば学食でも僕の手に触れて真贋を確認してたね。
「そんな器用なことが……」
「だから分かるんですっ! 義姉は……華黒先輩は……心底から世界を呪っているっ! 憎んでいる以上に呪っているっ! ただ自分有りきで世界を俯瞰し……自らの呪詛を動力源に精神を稼働させているっ!」
「そなの?」
僕は華黒に視線を振る。
「ええ。まぁ。別に説明することでも無いので黙っていましたけど」
「世界なんて滅びれば良い。自分に優しくしなかった人間は滅すれば良い。そんな自己破滅を抱いて……どうして華黒先輩は笑えるんです……っ?」
「兄さんが隣にいてくれるからですよ」
華黒の言葉に憂慮は無かった。この場合はむしろ容赦か。
「ただ兄さんが傍に居るだけで、私は私を保っていられますから」
「人類鏖殺の呪詛を持ちながら……?」
「それ以上に幸福なんですよ。私は」
照れる。思わず頬を掻いていた。
「つまり九十九は華黒に触れない方が良いわけで。では席を取り決めようか」
華黒が上座。九十九が下座。中間に僕とルシールと黛。
「では」
「「「「「いただきます」」」」」
そんなわけで水炊きが始まった。もちろん水じゃ無くて、しっかり昆布ダシを取っているけども。エノキを拾って口に含む。うーん。デリシャス。
「お味はどうですか? 兄さん」
「超美味しい」
「ダシも染みていますし。こちらは黛の功績ですね」
「いやぁ。黛さん頑張っちゃいました」
「………………あう……」
そこ。ルシーらない。誰だって得手不得手がある。
「……………………」
九十九もまた怯えていた。さすがに華黒の呪詛に触れたばっかりであって、何かと萎縮しているのだろう。
「別にいきなり噛んだりはしませんよ」
華黒はコロコロと笑う。コレだけ見ると優しげな笑顔だけど、どうやら九十九にはそう見えないらしい。閻魔にでも拝謁する心地のようだ。
「ほい鶏肉」
煮えた鶏肉を九十九に差し出す。
「いいので?」
「遠慮しても勿体ないだけだよ。要するに華黒に触れなければ良いだけで。サイコメトリーか何かは知らないけど、こうしている分には普通に妹でしょ?」
「僕も妹ですけど」
「実妹ね。うん。可愛い」
「ぐ」
呻く九十九でした。それぞれいに鍋をつつく。
「うーん。ベリーグッド」
「お姉さんに言われると恐縮しますね」
「………………美味しいよ……?」
「大好きルシール!」
黛がヒシッと隣の相棒を抱きしめた。百合百合だ。いや違うけども。しばらく鍋をつついて佳境。
「ではシメに雑炊にでも」
具材の味が染みたダシに白米を投入。玉子を溶いてかける。グツグツ煮込んで数十秒。
「ではお注ぎ候ひて」
そんな感じで鍋は進んでいく。
「……………………」
いったいどれほどの衝撃だったのか。僕には知る由も無いけども……九十九は確かに華黒に怯えていた。憎しみなんて誰でも持つ。その程度は九十九も知るところだろう。けれども華黒の憎しみの深さ……或いは純度か。如何ばかりだったのか。コッチが知らないことを無闇には肯定も出来ないけど、華黒にとって世界が怖いの確かにあって。




