ドン引き1
「世に春のなかりせば」
「いきなり何を?」
「うーん。無念」
朝食の味噌汁を飲む。ジンワリと身体が温まった。赤出汁だ。米とアジの開きもまた合う。うーん。華黒ニズム。
「手は痛みませんか?」
「今のところは様子見かな。傷痕は残るらしいけど、悲惨なことにはならないってさ。縫った創が塞がるまで糸はとれないらしいけど」
当たり前です。
「兄さんはもっと自分を大切にすべきです」
「それだよねぇ。華黒のことを言えないよ」
「兄さんは私が見てあげますから」
「はい」
「あら素直」
「いや、さすがにね。華黒に世界と向き合えと言っておきながら、僕が自分と向き合わないのも不公平だと思いまして」
「でしたら一生このままで」
「ソレもどうだかなぁ」
グッと拳を握る。ジクリと違和感があった。
「九十九はどうしてる?」
「知りませんよ。関わりもありませんし」
そんな寂しい事言わないでよ。一応僕の妹なんですけど。たしかにアレは扱いづらいだろうけども。赤出汁をゴクリ。
「――――――――」
インターフォン。ルシールと黛が現われた。どこか心配げなルシールと、それを笑い飛ばす黛。うん。良いコンビだ。
「何か飲みますか?」
華黒がもてなそうとする。
「いえ。キッチンは把握しています由。黛さんが淹れますよ。お姉さんとお姉様は何か飲みたいモノはありますか?」
「じゃあコーヒーで」
「兄さんと一緒に」
「ルシールは何か飲みますか?」
「………………カフェオレ……」
「さっさーい」
そんなわけで朝の時間。朝食を終えて、コーヒータイム。
「授業はついていけている?」
「………………一応……」
「ルシールの薫陶を受けておりますれば」
言葉の使い方はともかくとして、黛もルシールに勉強を教えて貰っているらしい。ちなみに華黒は食器を洗っている。
「ところでお姉さんって虐められたりします?」
「ないかなぁ。華黒がイニシアチブ握ってるし」
「そのお姉様関連で嫉妬されたりは?」
「それこそ今更かなぁ。学校じゃ無くても目立つしね」
「お姉さんがソレを仰いますか」
「たまに百合だと間違われるんだよね」
「気持ちは分かります。すっごい分かります」
「それで引いたりしないの?」
「お姉さんに恋しちゃっていますから」
「ありがと」
にこやかに笑う。
「もちろんルシールも大切に」
「知ってるけど、あまり逸らないでね?」
「………………えと……あう……」
赤面して俯くルシールの愛らしさよ。ぎゅっと両手でコーヒーカップを握る。テンパり具合もまたルシール模様。
「結局お隣さんはどうしますので?」
「あまり関係も無いかな。華黒の敵意を刺激するし」
ある種の僕の根幹で、ついでに華黒の根幹でもある。
「九十九が何かしたの?」
「実妹なんですよね?」
「法的にはね」
「お姉さんと反対ですよ」
「?」
となる。
「いわゆるおっぱいのついたイケメン」
「それは知ってる」
「男子制服を着て、バインボインで、イケメンって事は周知の事実で、男女ともに人気が高いです。とくに一年の間では」
新入生ね。
「先輩でも突撃する人がいますし、中々侮れませんよ」
「華黒は?」
「新入生がベタ惚れして、なんとかかんとか親衛隊に流れたそうで」
あったね。そんな設定。
「二年と三年はお姉さんを知っているんで下火ですけど、新入生はお姉様しか知らないわけで。崇め奉られていますよ」
「うーん。青春万歳だね」
「お姉さんはよろしいので? 嫉妬したりは……」
「そりゃ華黒が移り気なら嫉妬もするだろうけども」
「お姉様に限っては在り申しませんか」
そゆこと。コーヒーを飲む。
「ちなみにお姉さんも学内で有名ですよ」
「それなりにね」
「一年生の間でも」
「然程大層な人間でもござらんが」
「学内総引きです」
「引かれてるんだ」
「あるいは惹かれているのか」
言葉って難しいね。日本語がややこしいだけなのかも知れないけど。
「兄さんは格好良いですから」
「ご苦労さん」
食器を洗い終わったらしい。
「黛のコーヒーも侮れませんね」
「でしたらルシールと同じく妥協の余地はありませんか?」
「無理です」
「お姉様~」
「ルシールくらい無害になってから言ってください」
「無理ですよ。こんな純粋培養」
「………………どういう意味……?」
「天然って事だよ」
僕が結論づけた。
「………………天然……」
その可愛らしさに人為が介入せず。その純朴さに打算が有り得ず。その人の良さは反動を用いず。誰しもに怯え、傷つきやすい心はガラスのようで、庇護欲をそそる。まるで敵意の無い様は華黒をして毒気を抜かせる。だからルシールは華黒も妥協できるのだ。




