始業6
「………………あう……うぐ……えぐ……」
「馬鹿の二乗ですね。お姉さんは」
ルシールと黛が見舞いに来てくれた。一応始業式その日に入院なわけで、色々と業が始まった感はある。とはいえ心配もするだろう。黛は僕の発症を間近で見た経験がある。ルシールには教えていないだろう。どう説明するかも分からないはずだ。
「ま、ご覧の通り生きているから丸儲けだね」
「痛くないんですか?」
「ジクジクと違和感はあるけど痛覚は反応してないかな?」
多分そのジクジクが痛覚なんだろうけども。
「………………お兄ちゃんは……ダメ……」
「確かにダメだけどさ」
頭ぶっ壊れ具合は別に華黒の特権じゃない。
「多分ルシールはそんなことが言いたいんじゃ無いと思いますよ?」
「知ってる」
ルシールが泣くのだって僕の責任で。
「ま、特に後遺症も残らないし。どうにかこうにかやっていくよ」
「お姉さんはソレでよろしいので?」
「何か問題が?」
首を傾げる。
「復讐とか」
「意味ないでしょ。法に裁かれればそれ以上は無いよ」
「お姉様方は怒り狂っている御様子ですけど」
――「方」ってのが怖いよね。
「ま、今更信条を変えるにもね」
「何かの病気なんですか?」
「さて、これを何と評したモノか」
発症はそもそも華黒を助けるために身につけた技術だ。自分を殺すことで他者を救う。その極端な例が僕の因業なわけで。始まりの業。
「学内全域でドン引きですよ?」
僕のためらい創は有名だ。僕は自傷癖が在ると噂されている。別にそんなつもりもないけども、空気って奴は時節を読む。刺された創は残るけど、別に今更な感じもあって。
「お姉さんはよろしいので?」
「元から引かれてたし」
拒絶しないのはかしまし娘くらいだ。元より僕は自分の体裁を気にしない。
「お姉さんらしいですね」
苦味の強い苦笑いな黛でした。
「………………お兄ちゃんの……馬鹿……」
「的を射ているけどさ」
ナイフで刺された程度で大げさだ。それ以上の過去経験を僕は知っている。話すことでもないけども。
「で、どうしろと」
「………………自重……」
「自重ですね」
後輩二人は息ぴったりだった。
「前向きに努力しよう」
「そうしてください」
黛が嘆息した。呆れ果てる。まぁそうだろう。だからって付き合う義理も無いけども。
「お姉様が放っておけないわけです」
「いっそ見捨てたら心安らかになるのに」
「お姉様の前でソレを言わないでくださいね?」
「分かってる」
愛妹に関しては空気を読める。一応コレでも恋人だし。
「授業はどうするんです?」
「華黒が教えてくれるよ」
「お姉様の献身も分かりませんねぇ」
色々ありまして。言わないけども。
「とにかくルシールは泣き止んで。居心地が悪いったらありゃしない」
「………………お兄ちゃんの……せい……」
そう言うよね。
「とはいえ。コッチにも事情はあり申し」
「例えば?」
「黙秘で」
あまり耳に良い話でも無い。
「それよりごめんね。せっかく夕餉を用意して貰ったのに」
「構いませんよ。馬鹿なお姉さんの心配の方が軽く上回ります」
耳に痛い。けれども確かで。
「とにかく僕は大丈夫だから」
「命と言うより心の心配ですよ。黛さんにしてもルシールにしても」
黛は花瓶に花を差した。
「どうやったらルシールの涙を止められる?」
「お姉さんが快癒することですね。でなければずっと泣き続けますよルシールは。もちろんお姉様も。黛さんも言いたいことはありますけど……多分お姉様とルシールほどではありませんし」
毒を吐いて肩をすくめる。ルシールはまだ泣いていた。
「はいはい。いい子いい子」
宥めるのも何だかな。
「お姉さんの献身さは分かり申しますけど、それで泣くルシールは常に想い描いてください。お姉様だって、場合によっては刺しますよ?」
「僕を?」
「お姉様自身を」
「それはダメだよ」
「自業自得でしょう」
半眼で睨まれた。
「お姉様はせめてお姉さんの痛みを知りたいと……そう思っておいでですので」
「うーん。あちらが立てばこちらが立たず」
っていうか痛みなんて感じてないんだけど。いつもそうだ。僕は誰かの心の痛み……その上にしか座れないらしい。
「状況的に詰んでるなぁ」
「お姉さんがその調子だと、お姉様は哀しみで溺死しますよ?」
「……………………」
分かってはいる。華黒にとっての僕は代替が効かない。世界が僕だけで成り立っているのは前提で、その上で僕は無鉄砲だ。あらゆる意味で華黒の負担になっている。どうにかせねばいけないのに、害意を見ると「自分で済めば良い」と思ってしまう。この心情は……一体何と呼ぶべきか。
「とりあえずお姉さんが無事で何よりです。後日また来ます。帰るよルシール」
「………………ふえ……お兄ちゃん……死なないで……」
「死にませんよ。ええ」
もしかしたら何時かの何処かで死ぬかも知れないけど、別に不安にさせる理由も無い。スマイルはプライスレスだ。
「お姉さんは孤独ですね」
「――――――――」
少し的を射ていた。黛の皮肉は。
「どういう意味かな?」
「ご自分の胸にでも聞いたらよろしい」
「じゃあそうしよっかな」
ちょっと居心地の悪くなる僕でした。




