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超妹理論  作者: 揚羽常時
三年生一学期編

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始業5


「はい。そこまで」


 殊更に面倒を嫌うけど、僕は宥めに入った。


「無理なナンパは余計嫌われるよ? 北風と太陽曰く」


「何だテメェは?」


 男子がこちらを睨めつけた。九十九の方は僕と同色の瞳で覗き込んでいる。


「こちらの兄君に当たりまして。庇った次第にございます」


「姉君だろ」


「そうかもしれませんね」


 一目で男と覚られないのも何だかな。我ながら業の深い。


「で、結局諍いの原因は?」


「その女が舐めた口きいたんだよ」


「本当?」


「ええ。くだらない男には興味がない物で」


 サラリと述べる九十九さん。別段何がどうのでも無い平坦な声。


「馬鹿の相手は疲れますね」


「だれが馬鹿だ!」


「どうどう。落ち着いて。九十九の方も煽らない」


「兄君におかれましては関係のないお話では?」


「それはそうだけどね」


「結局何なんだ? 姉貴の方が責任取ってくれるのか?」


 腐臭のする笑みを、男子はこちらに向けた。あのー。一応ついてるんですけど。その道の人でも無ければ忌避の対象だ。証明しようとすると「わいせつ」に相応するので、此処でどうにか出来ないにしても。


「こちらとしても選ぶ権利は在るよ。君には付き合えない」


「じゃあ黙ってどいてろ。俺はその舐め腐った男女に話がある」


「男に見えるなら尚更、何故に声を掛けたらしたので?」


 皮肉の最上級。その零れるような胸を見ればイケメン顔でも性欲の対象になるのだろう。気持ちはわからんじゃないけど、不細工な話でもあった。


「おっぱい星人の相手も疲れますね」


「うーん。よく分かる」


 うんうんと頷く僕でした。


「舐めてんな。うん。舐めてる」


 血管が切れたのだろう。脳梗塞にならなければいいけど……なんて思っていると物騒な方向に話が飛んだ。男子がナイフを取りだしたのだ。バタフライナイフ。学習スペースが騒然とする。それほどとびっきりの異物だった。


「そんな物を取り出して何の御様子で?」


「謝罪しろ」


「ごめんなさい」


 コンマ三秒。


「巫山戯てるのか? 土下座して靴を舐めろ。刺されたくなかったらな」


 ギラリと光るメタリック。


「刺されるのは……構わないけど内申点が滅茶苦茶になるよ? 一時のテンションで身を滅ぼすのは得策じゃ無いと思うんだけど。九十九はどう見る」


「どうせ刺す勇気なんてございませんよ。脅して優位に立ちたい薄っぺらいプライドを振りかざされていらっしゃるだけで」


 慇懃無礼を地で行くね。


「姉妹揃って馬鹿にしてんのか?」


「むしろ案じているんだけどな」


「もちろん馬鹿にしており候」


 対照的な僕らの言葉。


「じゃあ死ねや!」


 血走った目でナイフを振りかざす。ドクン。心臓の鼓動が耳鳴りに聞こえた。視界が真っ赤になる。場が静寂する。身体の感覚が麻痺し、外界との接触が一時的に封鎖。発症だ。


「――――――――」


 誰が何を言ったのか。僕の耳には聞こえない。ドクドクと流れる赤い血も、周りが赤ければ単なる液体だ。周囲の人間はスマホで写真を撮ったり動画を撮ったりしていた。


「――――――――」


 何かが聞こえた気がする。けれど言葉として認識しない。鼓膜は声を捉えているけど、脳が音声処理を拒んでいるのだ。血が流れる。痛くは無いけど久方ぶりな感じで、それなりに厄介事。


「――――――――」


 そのままナイフを、グッと刺された手そのもので握りしめ奪う。血が更に溢れた。赤いフィルターの中で九十九が瞠目していた。何か驚くことでもあったのか。あるいはこの血が原因か。なんにせよ、起こったことはしょうがない。


「――――――――」


 華黒が駆け寄ってきた。抱きしめられる。


「血で汚れるよ」


 自分の声すら耳に届かない。いわんや僕の胸に顔を擦っている華黒の唇を読めというのも無理難題で。救急車が呼ばれた。警察も。図書館の館員さんたちも大騒ぎ。然程かね?


 刺されたナイフをそのままに手を振る。ピッと血の飛沫が広がった。


「――――――――」


 男子は取り押さえられた。ツイートはバズった。南無天満大自在天。僕はそのまま病院へ。男子は警察へ。後はまぁ、華黒の暴走さえ止めれば良い。一緒の大学に通うって言ったしね。そこを質に入れれば華黒も黙る。


僕は眠って起きた。発症はおさまっている。


「ええと」


 状況の整理と言うほどでも無いけど、一応ナイフに刺されたわけで。左手の平から甲に抜けたナイフ。今は存在せず縫われていた。見ればかかりつけの大学病院。どうやら命は拾ったようだ。今更だけど華黒は怒るだろうなぁ。ゾクリと震える。


「さてどう言い訳したものか」


 無事な右手で頬を掻く。なんにせよビンタの十発は覚悟せねば。


「兄さん!」


 病室の扉が開き、目が合うと、華黒は僕を呼んだ。


「あーっと、つまり、その……今回の件に関しては……」


「兄さん!」


 感極まったのか。華黒は僕に抱きついてきた。


「良かった。良かったぁ……っ。兄さんが……生きてる……っ」


「ごめん。どうにも僕はそそっかしく」


「本当です……!」


「ごめんなさい」


「だから兄さんは乳児より目が離せないんです!」


「うーん。カルマ」


「やっぱり私が傍に居ないとダメですね」


「申し訳ござらん」


 華黒に世界を見ろと言っておいて、自分が自分を見ないでは、不平等と誹られても致し方なくもあろうぞ。


「九十九は無事?」


「ええ。怪我一つありません」


「ソレは良かった」


「男子生徒も退学処分で警察待ちです」


「ソッチは良いよ。別に気にもならない」


「それから」


「それから?」


「覚悟することですね」


 ニッコリと華黒は破顔した。


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