始業4
「結局の様子。アクションがなければリアクションも返せないわけで」
ちょっと先の入学式を思ふ。
「嫌われたからって嫌い返すのも損気だしね」
「兄さん。今日の勉強はどこで為さいますか?」
クラスメイトと雑談をしていた華黒が、切り上げてこっちに来る。女顔なので不気味に映り、なお左手首はショッキング。僕と二人の時だけ、華黒は孤立する。
「市立図書館にでも行きますか」
「ええ、勉強のスペースを借りましょう」
兄妹で案を練っていると、
「お姉さ~ん。お姉様~」
快活黛と引っ込み思案ルシールが合流する。だいたいこの四人で固まるのが瀬野二での日常風景になりつつあった。実質的に僕が女顔であることも含め、ヴェルディカルテットとも呼ばれている。
「一種の自衛に相成るのか?」
「何の話です? 兄さん」
「四人共に先輩のお好みとなれば、それは惚れる人間も出るわけで」
「兄さんは格好良いですから」
「華黒は可愛いからね」
鞄を握って席を立つ。
「こうやって」
と扉の陰に隠れているルシールの頭を撫でる。
「四人でいれば何だかね」
「………………あう……」
「一種小魚の自衛方法ですか?」
「さて誰が食われるかは別として」
「お姉さんは受験勉強で?」
「そ。市立図書館に寄るところ」
「それでは黛さんとルシールに夕餉の準備を預けて貰えませんか?」
「華黒に聞いて」
「構いませんけど……よろしいので?」
この場合は困惑では無く、むしろ少し表情に出ない程度の嫉妬だ。僕の身体を構成するタンパク質を「自分で提供したい」が華黒の理念だ。
「じゃ、華黒の了解も取れたことでよろしく。ルシールもよろしく」
頭ナデナデ。ルシーりっていた。
「結局勉強が仕事というのも学生らしくていいんだけどさ」
サラサラとシャーペンを走らせる。市立図書館の勉強スペース。缶コーヒーを飲みながら、僕はちょっと目眩。ちなみにこのスペースは飲食ありだ。
「出来ないってだけで『ダメな奴扱い』は無いんじゃないかなぁ」
「ブルーハーツでも聞きましたか?」
「KGB〇8なら聞いた」
妄言を吐くのも一種の代替。
「で、勉強が嫌になったと?」
「別に勉強は嫌いじゃないんだけど。なんとかかんとか」
「ゲームでもしますか?」
「目の前にもっと面白そうなモノが在るのに?」
じっと黒曜の双眸を見る。ボンと華黒は赤くなった。こういう純情さは嫌いじゃ無い。
「兄さんにしては珍しいです。私に愛を囁くなんて」
「相応、僕だって華黒は好きだよ。華黒が暴想しない範囲でなら、愛をつむぐに吝かでもないね。これだって恋人の特権でしょ?」
「黛とルシールは?」
「後輩でしょ?」
「可愛くありませんか?」
「そりゃ可愛いさ」
「むー」
そんな嫉妬も愛らしい。
「ルシールは大丈夫なんでしょ?」
「黛は認めていませんよ」
「そこら辺から始めますか」
「兄さんが居れば――」
「――その先は言っちゃダメ。そうならないために僕は頑張ってる」
「兄さんはいつも人のことばかり」
「懺悔かもね」
「怒りますよ?」
おっと。華黒の地雷を踏んだらしい。サラサラと走るシャーペン。何より華黒が畏れているのは、僕が居なくなることと、僕が貶められること。真白の卑下すら憎悪の対象だ。
「それは悪うござんして」
「兄さんが光になってくれたから、私はあの闇から救われたんです」
「おかげで因業を背負わせちゃったけどね」
「滅びるべくして滅んだのですよ。殊更に私が滅ぼしたわけではありません」
参照は銀英伝。
「なにか夕食に希望はありますか?」
黛のメッセ。
「華黒は何か食べたい物ある」
「兄さん」
「聞いた僕が馬鹿だった」
「ジョークですよぅ。サラリと流してください。いわゆる大人な対応という奴で」
「ソレで済むならたしかに僕は大人げないね」
「いえ、こちらこそ」
「華黒の世界は狭すぎる。その意味でなら、たしかに僕も華黒も狭量か。でも僕が居なくても世界は回るんだけど」
「兄さんのその自己破滅型のペルソナはどうにかならないんですか? いえ、私のためで、私のせいだとは分かっているのですけど」
ペシンとデコピン。
「その責任を華黒が取る必要は無いよ。収束するのは僕に、だ。帰結も。算出も」
「だから兄さんに寄り添いたいんです」
「じゃ、とりあえず他人と本音で話せるところから始めてみる?」
「う……」
それはもう。そう言うよね。僕以外の人間は、華黒にとっての敵性体だ。或いは動く障害物。百害在って一利無し。何をどう言うかは人それぞれなれど、猫のかぶり方がハンパではない。これも弛まぬ努力のたまものだけど、なんだか仮面は涙でふやける。
「僕にはソレが……我慢できない」
「愛していますよ兄さん」
「知らなかったかも知れないけど僕も」
「知っていますとも」
さて、どーだか。
何と返すべきか悩んでいると、
「巫山戯てんのかテメェ!」
図書館ではお静かに……の注意事項無視の声が轟いた。スッと其方に流し目を。目に映ったのは僕と同じ髪と瞳の色。男子が一人、相似形の胸ぐらを掴んでいた。
「白坂九十九……」
華黒が正解。学生服を着たどこぞの男子生徒と、私服姿の九十九が、張り合っていた。正確には男子生徒が威圧的に干渉しているだけだけど。九十九の瞳には彩が無かった。この場合は光とでも呼ぶべきか。何かしらの準ずる意思がないのだ。そしてその瞳を僕は知っている。誰にも何にも期待していない目。
「華黒と同じ……瞳か……」




