始業2
で、毎度毎度の毎度なんだけども。
「うへへぇ。兄さん」
「………………お兄ちゃん……」
右腕に華黒が抱きつき、左手をルシールの右手が握り、
「敵作るの得意ですね」
三歩後ろに黛がいた。登校スタイルはだいたいこんなかんじ。ルサンチマン溢れる界隈だけど、あまり気にしないのも僕の強みだったりして。学内トップクラス美少女三人を侍らせているのだ。何ともはやと論じた御様子。
「結局のところ恵まれているでいいのかなぁ」
この世は苦界だ。幸せは容易く不幸に成り代わる。
「にしても三年生ですか」
「来年は大学生ですね」
「受験が成功すればね」
「しますよ。きっと」
華黒が微笑む。きっと薔薇色の未来を想定しているのだろう。別段ネガティブイメージを持ってもしょうがないんだけど、
「楽観論は心の栄養です」
そゆ事に相成る。
「黛さんは同じ大学に行けるでしょうか?」
「別に来なくても構いませんよ?」
辛辣な妹さんでした。コツンと頭突き。
「なんです? キスをお求めで?」
「いや、掣肘したいんだけど、両手が塞がっている由」
頭突きでツッコミ。
「兄さんにとって黛は何なんです?」
「ヒロインの一人」
「わお!」
黛が喜色の声をあげた。リップサービスなんだけど……。後は華黒に対する嫌味。いや、確かにあの一件以来気に入られたんだけども。
「お姉さんはジゴロですね」
「最近とみに言われる」
別段恋人が欲しくて行動しているわけでもありゃせんのだけど。
「お姉様はその辺りどう思っているので?」
「ハルマゲドンが起きて二人きりになれたらなぁって」
「あー」
聞くんじゃなかった。そう声質が如実に物語っていた。
「ルシールも可愛いしね」
「ホントソレ」
ルシールスキーは僕だけの特権じゃない。黛だって想ってる。それもちょっと理解の出来ない範囲で。別に恨むつもりもないけど羨みはする。或いはコレを恨病むというのか。そこいら辺の情動理解については後世の研究家に任せよう。
「兄さんはルシールが好きなんですか?」
「華黒が好きだよ」
「えへへへへぇ」
だからその相好崩すの止めようよぅ。気味悪いから。
「しっかし始業式終わってすぐ授業ですか。詰め込み教育も善し悪しですね」
黛が辟易したように述べる。
「とはいえゆとり教育の失策は既に暴かれてもいますしね」
華黒としては民度の安定と教育の意義について深く考えているらしい。たまに受験生で自殺する人がいるけど、普通に受験を諦めた方が建設的だと思うんだ。大学に行ってもヒマするだけだってのは良く聞く話で。
「だから兄さんと愛し合える時間を確保できます」
「これはもう野良犬に噛まれたと思って諦めるしか……」
「どういう意味です!」
「分かって聞くのも悪癖かと」
「愛しております兄さん。兄さんに夢中です」
「だったらせめて人の話は聞いて」
「愛を取り戻せと?」
「そんな世紀末は来なかったから」
なんとなくポルノを思い出す。車が空を飛ぶのは大分先のことだとかなんとか。
「………………お兄ちゃんは……優しいね……」
「ルシールが優しい程度には」
「………………私は……優しくないよ……」
「はは」
僕は笑った。
「引っ込み思案も結構だけど、ルシールが優しくないって言ったら黛さんらは世紀末覇者ですよ?」
黛の言葉は的を射ていた。
「ま、そんなわけだから。ルシールはルシールのままでいていいんだよ?」
「………………はわ……」
この小動物の愛らしさよ。首輪をつけて飼ってみたい。
「うーん。イリーガル」
「兄さん?」
「へぇへ。何でがしょ?」
「私が先ですよ」
「別に蔑ろにしているつもりもないけども」
華黒とルシールと黛を侍らせての三年生初登校。嫉妬と侮蔑の視線でレーザービーム。
「始業式ね」
良き出会いのあれば良し。
「無い方が良いんですけど」
サラリと心を読まれるとなんだかなぁ。
「兄さんは自分の魅力をもっと自覚するべきです」
「女顔なんだからどうにもこうにもなんやかや」
その道の人たちには垂涎の的だろうけども。
「愛しておりますよ。兄さん」
「………………ふえ……」
「頑張れルシール。もうちょっと!」
三者三様にかしまし娘も思うところはあるようだ。しかしそうなると僕の学校での立場がなぁ。いやまぁ赤の他人とかしまし娘を比べて後者を取らない人間も居ないとは思うのだけども。それもそれで業の深い。
「手探りの人間関係だよね」
何を思うでもないにしろ。
「お姉さんの自制心ってどこから来るんです?」
「義と徳の勉強かな」
こういう嘘はサラリと出る。華黒のこと言えないね。これじゃあ。
「兄さんも言いますね」
「あっはっはー。適確に抉らないでくれる?」
「大好きです」
「じゃあ勉強を教えてね」
「保健体育ですか?」
受験に必要ないでしょ。ていうか仮に避妊に失敗したら受験どうするの?
「知恵と勇気で乗り越えます」
その気概を他に回して欲しい。言って聞くなら今の華黒も居ないわけで。なんだか世界に僕の理解者は少ない気がする。自意識過剰ではあるけどね。そんなものは思春期のカルマであるし、誰しも思うところだろう。自分は不幸だ。そんなことは。けれども誰よりソレを知っている華黒は、僕が隣にいるだけでソレを払拭するんだから……どうにかね?




