血の支配8
日が暮れた。釣り堀デートが終わった後で、僕らは帰路についた。アパートの部屋の前。
「……………………」
イケメンが玄関前に立っていた。ただしおっぱいが裏切っている。僕と同じ髪と瞳の色の美少女。白坂九十九だ。
「そういえば引っ越しは終わったの」
「ええ。使用人さんとやらが終わらせてくれました。よくも働くモノです」
慇懃ながら不遜な言葉だった。
「………………ふえ……」
見知らぬ人間が怖いのだろう。ルシールがルシーる。
「で? 要件は?」
私服姿の九十九。おっぱいを主張する盛り上がりは、ある種華黒と同等以上。
「兄さん?」
「白坂九十九。僕の種違いの妹だね」
それだけで覚るに値する。
「この人が……」
おっぱいのついたイケメン。
閑話休題。
「で、要件は……」
「引っ越し蕎麦を渡そうかと。コレからお隣さんになるわけですしね」
穏やかな笑み。だが瞳が笑っていない。擦れている……が一番正しいだろう。
「それはどうも」
蕎麦を受け取る。
「湯がきましょうか?」
「必要ないかな。こっちには華黒が居るし」
「かぐろ?」
ポムプムと濡れ羽色の髪を叩く。華黒の静謐にして流麗な髪だ。
「どうもです。兄さんの恋人の華黒と言います」
「近親相姦?」
「そう受け取って貰っても」
ま、別段文句はないけどね。蕎麦を受け取る。
「それでは先輩方。不慣れな点もあり申し。よろしくご教授願えればと」
「任された」
「ええ」
「………………えと……ふえ……」
「黛さんにどーんとお任せです」
「其方の二人も?」
「お隣さんだね」
「ええと。引っ越し蕎麦は二人前しか用意してないんですけども」
「いいんじゃない? 別段そっちが気にすることでもないし」
「では失礼をば」
サラリと述べて、九十九は自分の部屋に戻った。アパートの一室。僕と華黒の城の隣だ。
「………………ふや……あわわ……」
「気にしてもしょうがないよ」
僕はルシーりっているルシールの金髪を優しく撫でた。
「アレはアレで苦労人だから」
そゆ問題でもないにしても。
「世界に自分だけって感じでしたね~。アレと付き合うのは中々骨が折れそうです。関わるならば……と前提条件も付きますけど」
「兄さんはどう思います?」
「きっと関わるよ。この縁は……少し深い」
「……………………」
華黒なら分かるだろう。不幸な妹の立場って奴を。
「兄さんはそれでよろしいので?」
「白坂にもフォローする様に言われてるしね」
「つづらざか?」
黛は知らない。ルシールも知らないだろう。別に知ってどうこうでもないけども。
「兄さんは良い人過ぎます」
「それだけが取り柄だしね」
「格好良いですよ?」
「身内贔屓」
「いえ。お姉さんは極上ですよ?」
「………………えと……黒縄……」
地獄に例えられたのは初めてだ。
「ま、ともあれ夕食は蕎麦か」
「予定が狂いましたね」
「食材は明日も使えるでしょ?」
「ですけどー」
じゃあその通りに。
「蕎麦はすぐに傷むし率先して食べないとね。華黒に任せた」
「はいな。御腕を振るってご覧に入れましょうぞ」
「じゃ。ルシールは黛さんと一緒に御飯~~~」
「………………その……あう……」
ルシールがルシーるのも毎度のことで。
「こう言うときはご勘弁を」
僕はルシールの頭を撫でた。
「………………お兄ちゃんは……ズルいです……」
「ま、偏に業かな」
ソレで済むなら苦労もないわけで。その点は華黒も同意見だろう。僕という存在。華黒という存在。それらの因業は……覗き込むだけで背筋が震える深淵に満たされているのだった。誰のせいって僕のせいであるけども。
「それではルシールはこっちで回収しますので」
「よろしく~」
ヒラヒラとハンカチを振るう。ホームの陰で泣いていた可愛いあの子が忘れられぬ。
ズリズリ。バタン。部屋に消えていく後輩二人。
「華黒は良かったの?」
「良くはありませんけど、兄さんが私を見ているのは事実ですし」
「うーん。オンマユラキランデイソワカ」
「では蕎麦でも湯がきましょうか?」
「任せるよ」
僕に出来て華黒に出来ない事はない。それほどの万象網羅を華黒は可能とする。
「さてそうなると」
華黒の淹れてくれた梅昆布茶を飲んで少し考える。
「八つ当たり……か」
僕の顔は撫子さんに似ている。むしろ似せられた。遺伝子的に。髪と瞳の彩は九十九も同じ。さて、ではどう接するかって話なんだけど……。
「無理難題のオンパレード」
ソレが結論だった。
「ほ」
吐息を一つ。多分アレは世界を恨んでいる目だ。自分の不幸を恨んでいる……が正しいだろうか。けっして酔ってはいない。それだけの矜持はある。むしろ憤懣やるかたない……とでも言ったところか。自分の都合良くいかない世界に憤っている。少し思う。
「兄さん? 蕎麦は麺汁で?」
「ソレが一番無難かな?」
僕にはそう云うことしか出来ない。
「山葵と生姜と梅肉では?」
梅肉で。そうリクエストする僕でした。




