血の支配7
「……………………」
ホケーッと釣り糸を垂らす。春の陽気が肌を暖めてくれる。良いお天気でした。
「そこです! ピッと行きましょう!」
「………………はやや……!」
食い付いた魚に遠慮するのはルシールらしい。ぶっちゃけこういう生臭いことには耐性が無いのだろう。匂いからして青ざめていた。失敗かとも思ったけど「慣れるまでです」との御意見で、一応釣り堀を満喫している。黛の指導の下、なんとかかんとか。
「むー」
僕は坊主だった。いいんだけども。
「ふむ。ほう」
その隣でバシバシ釣っているのが華黒。万能性の高いステータスを持っているのは知っていたけど、万能過ぎやしませんかね?
「あははー」
黛もまた普通に釣っていた。
「何かコツでもあるの?」
「心を空虚にすることでしょうか」
煩悩まみれの華黒に言われると世話ないんだけどな。釣り糸を垂らす。餌だけ持って行かれた。うーむ。真理には遠く尊く。
「………………お兄ちゃんは……大丈夫……?」
「こっちの台詞なんだけど」
水の異臭がする匂い。魚の匂いも大気に混じっている。
「ルシールは大丈夫なの?」
「………………えと……一応……」
元より言葉は信用しない。ルシールの場合は遠慮するべき処も遠慮しない性格だ。いや空気が読めないんじゃなくて、空気を読みすぎて人の意見に反駁できない……が現状としては正しいのだろう。在る意味で華黒と同等に目が離せない存在でもある。
「僕は坊主だけどルシールは釣れた?」
「………………一匹だけ……」
引く力は何度かあったらしいが、悉く逃げられたとのこと。不器用なルシールらしい話ではあった。ぶきっちょで勉強の出来るルシール。器用で勉強以外が出来る黛。
「良いコンビだね」
「………………黛ちゃんは……凄いから……」
尊崇の念は本物だ。本当にルシールは黛を凄いと思っている。それは伝わった。
「なんだかなぁ」
釣り糸を垂らしてホケーッと時間を数える。春の陽気も手伝って、僕はトランス状態に。
「兄さん。引いてますよ」
「お?」
ピッと釣り竿を持ち上げる。一匹釣れた。
「おめでとうございます」
華黒が和やかに笑った。うーん。無念。御本人六匹釣っていらっしゃる。
「しかし盲点でしたね」
華黒が言う。
「何が?」
「釣り堀です。ここならナンパの心配もありませんし」
「確かにね」
百貨繚乱だと頻繁に出くわす。
「まぁ華黒は魅力的だからね」
「兄さんも、ですよ?」
認めたくないけどその通り。
「華黒は百合もイケるクチ?」
「兄さんが女性でも私は愛しますよ?」
何故か……は問うまでもないか。左手首のためらい創を見る。僕と華黒の契約の証だ。それ故に業の深いことになっているんだけど……あくまで僕は暴走しただけなんだけどな。言って聞く華黒では無いにしても。
「兄さんが味方だからこそ太陽は暖かいんです」
「御苦労様でございます」
また華黒の釣り糸がクイクイ。魚と決闘。勝者は華黒。七匹目だ。
「本当ですよ?」
「分かっているから悩むんだけど」
「兄さんは私の隣で死んでくれるのでしょう?」
「うん。まぁ。そのつもり」
あくまで華黒の世界が広がらなかったら……だけど。僕より素敵な殿方を見つけるのも苦にはならないだろう。数十億の男性が地球には蔓延っている。そこから小さな恋の歌よろしく君と出会う人が幸せであればいい。そうも思うわけで。
「兄さんが何か不謹慎なことを考えてる模様」
普通に見抜かれた。真白ニズムも此処まで来れば国宝級。
「ちなみに華黒の理想って?」
「あの地獄から救い出してくれること」
「助けられたのは僕だと思うんだけど……」
「あら。御謙遜」
「障害を排除したのは華黒でしょ?」
「兄さん在ればこそです」
そこをイコールで結ぶのもなぁ。いや確かに僕らの絆ではあるんだけど。それにしても……といった御様子。悪い気分じゃないのは僕も同じなんだけど。言ってはやらない。こういうところで僕はツンデレと言われるのだろうか?
「愛していますよ兄さん」
「至極光栄なりき」
「黛さんも! 愛しておりますお姉さん!」
「………………えと……その……私も……」
モテモテだなぁ。夢から覚めて一人ぼっちになったらどうしよう?
「兄さんは私のモノです」
フシャーと猫よろしく威嚇する華黒。黛は一歩も引かない。
「お姉様には悪いですけど黛さんの恋慕も確かです!」
「この泥棒猫」
「いえ! お姉さんはお姉様を愛しております。今のところ付け入る隙はありません!」
――まぁ確かに好きなんだけど。
釣り糸を垂らしてホケーッと。
「………………お兄ちゃんは……お姉ちゃんが……好き……?」
「ルシールの事も好きだよ」
「………………ふぁわやぁ……」
赤面するルシーるルシールの愛らしさよ。喀血するレベル。金色の髪。エメラルドの瞳。西洋人形に例えられる美貌。その全てが愛おしい。華黒優先なので言葉にはしないけども。釣り堀の水面を血で赤く染めるのも何だし。
「兄さんは――」
「お姉さんは――」
華黒と黛は喧々諤々。ま、こっちはいつもの通り。
「………………あう……」
「ルシールが気にすることはないよ。フった僕が云うのもなんだけど」
「………………それでも好きって……言ったら……?」
「華黒と交渉して。ルシールには相応の譲歩があるらしくてね」
害意がないのが一番の理由だろう。良くも悪くも人が良い。多謝に心を許さない華黒がルシールだけには例外だ。僕はまぁ心の根幹に触れているので、ルールの範囲外。で、そのルシールの恋心は憮然としながらも受け止めている。
三食華黒で、三時のおやつはルシール……と華黒は過去に言ったことがある。
要するにまだ世界が怖いのだ。僕の支え無しでは立つこともままならない生まれたての子鹿。別にソレを責める気は無いし、なにより僕も華黒に依存しているところはある。だからまぁ……お互い様だよね。




