血の支配5
「くあ。うみゅ」
「はい。兄さん。コーヒーです」
「ありがと」
ちなみに麗しの華黒は下着エプロン姿だ。誕生日プレゼントであるオートクチュールの下着がたいそう気に入ったらしく、『今日だけ』を条件に下着エプロンを許可した。
「……………………」
コーヒーを飲みながら目を覚ます。華黒は下着エプロン姿で受験勉強をしていた。僕は睡魔に少しやられているので、集中を欠き、今は免除中。結局勉強とて集中してやらねば意味は無いのだろう。少なくとも華黒の意見では。その華黒は僕に勉強を教えるためだけに勉強をするという意味不明にして意志不明にして意図不明な努力をしている。たしかに教諭も勉強内容を自習して講義に臨むも、生徒がソレをやるとなればどれだけの愛が必要だろう。ま、その辺の懸念は一通り納得もしていたりして。
「うみゅう」
コーヒーを飲む。ガタンゴトンと音がしていた。お隣さんが騒がしい。もちろんルシールと黛ではない。僕の部屋を挟んで線対称。
「白坂九十九ですか」
百から一を引いて白。九十九という名前も因果なものだ。多分名付け親は撫子さんだろう。白花といい真白といい、その辺の通年性は理解できる。
「今更実妹が現われても」
「種違いだけどね」
「どんな人物でした?」
「おっぱいのついたイケメン」
「……………………」
うん。まぁね。言いたいことは分からんじゃない。身も蓋もない表現であることは僕らが共有するものだ。ただ実際にそうとしか言えないわけで。
「酒奉寺昴より?」
「先輩は中性的だけど、九十九は男性寄りかな?」
それでもハーレムを作る辺りが、昴先輩のカリスマの証左だろう。
「ところでいつまで下着エプロン?」
「正午になったら服を着ましょうぞ」
一応人間の証だからね。服を脱げば人は獣に堕ちる。
「そろそろ目は覚めましたか?」
「まね」
「では古典の復習から」
「さっさーい」
ありおりはべりいまそかり。
「で、ここの趣はこっちの」
鉛筆で問題集に説明を書きながら授業が進む。一応はまぁついてもいけて。華黒の伏線足るや恐るべし。それからは自主的に勉強をして、分からないところを華黒に尋ねる塩梅。
「青春やるかたないお姉さん。御苦労様にございます」
「………………えと……御苦労様……です……」
愛らしい女子の登場だ。黛とルシール。ルシールは毎度の如くルシーりっている。
「黛さんらもこっちで勉強して良いですか?」
「構わないけど。熱心だね」
「休み明けに模試がありますしね。一応ルシールの薫陶は受けておりますが、お姉さんとお姉様を傍に置いた方がやる気が出ると申しますか。ルシールが」
最後の一言で台無しだった。いや確かにルシールは僕に惚れてるけども。
「………………ふぇやわわ……」
おろおろとルシーるルシール。
「で、お隣はお引っ越しですか?」
「そうみたいだね」
「新入生でしょうか?」
正解。コーヒーを飲む。まだ二人には話していなかった。
「ところで昼ご飯なんですけど」
御前の勉強の最中に、黛さんの提案。
「料理作ってくれるの?」
「いえ、それは……お姉様を敵に回しそうで」
「よく分かっていますね」
破顔する華黒。まったく……ルシール以外の他人には容赦がない。
「ところでなんでお姉様は下着エプロン姿で?」
「もちろん兄さんの目の保養に」
心の負担にも成ってるけどね。
「さすがに正室の貫禄ですね!」
「でしょう」
フンスと鼻息荒く誇らしげな義妹。ブタも煽てりゃ木に登る……の典型。
「正午になったら着替えてね」
「まぁそれはそうしますけども」
フニフニと自分の胸を揉むな。妹の場合はシャレになっていない。
「で、昼飯なんですけど」
「さっさーい」
「外に食べに行きませんか?」
「僕は賛成」
「兄さんが良いなら私も構いませんよ?」
「………………賛成……」
「では新しく出来たラーメン屋に行きましょう! なんか話題になってるそうですし」
「お、ラーメン」
さすがに華黒も黛も本格的には作れない領域。仕込んでどうこうなるモノでも無いしね。基本として薄利多売なので、少数で作ると赤字になる。あくまで精神的に。
「ちなみに味は?」
「北海道系列ですね。塩と味噌。あとピリ辛の付け麺が美味しいらしいんですけど、スマホの情報をどこまで信用したモノか……」
「ダメなの?」
「ステマの可能性もありますし」
ソースの無い情報を信じ難いのはリテラシーとしては正しいのだろう。
「百聞は一食にしかずということで」
「楽しみだね」
「兄さん。ソコ翻訳を間違えてます」
華黒の指導も適確だ。
「………………黛ちゃん……そこ間違ってます……」
ルシールも存外良い教師。
「お姉様方らの頭ってどうなってるんですか?」
「僕も同意」
「さして特別な事もしてはいませんけども」
「………………えと……ダメ……?」
「可愛い!」
黛がヒシッと抱きしめた。元々ルシール大好き人間だ。百合……というよりヤンデレの領域。華黒にとっての僕を相似するような関係性。じっさいにソレで僕はえらい目にあったことがある。精神的平和のためにも口を噤むんだけども。
「で、この単語と文章の関連性に於いて」
「………………つまり……この数式では……」
華黒とルシールの勉強会は集中が途切れること無く続いた。どうやらこの二人……勉強を苦とも思っていないらしい。ヌルゲーを舐めプしているような状況。付き合わされるコッチの身にもなって欲しい。
黛も同じ心境だった。というか珍しく、プシューと頭から湯気を立てて突っ伏している。自分の勉学の才と、そこからオーバーフローする情報量。過密な二時間は、集中を切らすのにあまりに有用すぎた。
ま、あとちょっとで昼食だ。
ラーメン屋に着いていけば、機嫌もそこそこ復活するであろうぞ。




