誰しも生まれ1
年度が変わり申した。コレで晴れて三年生。桜は散っても、次の春まで我慢。桜紅葉もまた乙なもの。秋桜だって咲いて散る。で、年度が変わる度にやってくるものがある。
「やあ百墨兄妹。ジュテ~ム」
チーン。りんが鳴った。早速の最速で捕まる。ツンツン跳ねた茶髪の髪に、自信に満ちあふれた切れる瞳。まるで世界が自分を祝福しているとでも主張しているような不敵な口元は、ある意味で字面通りの不敵だった。
「何故ここと?」
「弟に聞いた」
――マジで何者だアイツ!?
目の前の燕尾服の美少女……というには大人びた女性は酒奉寺昴。ここら一帯の地主の娘で、いわゆるお嬢様。ただし御本人の性格――この場合は性癖か――が若干残念なのでツッコミの追いつかない領域に存在している。
「で、統夜に話を聞いて、此処に来て、何のつもりで?」
ここはショッピングモール。名を百貨繚乱。だいたいここら辺に住んでいる人間の遊び場的な立ち位置を確立している。
「もちろん祝うためさ。マイプリンセス。誕生日だと言うのだ。君たちが生まれたことに祝福を。さあ受け取り給え」
とは燕尾服で真っ赤な薔薇の花束を持っていた昴先輩は、その花束をコッチに差し出した。一応受け取っておく。華黒が不審者に警戒する野良猫のようになっている。
警戒と怯え。
無軌道ぶりで言えば華黒も中々負けていないけど、相性の問題もあるのだろう。ある種の無敵の次元に存在する華黒にとって昴先輩は数少ない天敵だ。
「誕生日デートの邪魔をしないでください」
「私も参じようぞ。好きな物を買ってあげよう。おや? また華黒くんは胸が大きくなったかい? そうすると下着もオートクチュールを……」
目測でわかるんかい。相も変わらずセクハラの領域で妥協しない先輩。
「兄さんとデートしてるんで解散してください」
「何。花を愛でるに理解者は必要だよ。それが私ともなれば乙女を解するに十分だ」
たしかにレディの扱いは心得ているだろう。その辺の機微は下手な色男より数段上だ。
「さてでは誕生日デートを楽しもうじゃないか」
「そですね」
「兄さ~ん。追い払ってくださいよぉ」
「無理」
多分、華黒も本当は分かっている。昴先輩が一度言い出したら、ソレは止めようのない大洪水だ。はた迷惑の権化ではあるも、悪意が無く責めにくい。
「また今年もプレゼントは消費物かい?」
「香水は有り難かったですよ」
昨年度の話。
「それじゃあ今日は。ふぅむ」
しばし考えるような先輩でござんした。そして大抵碌でもない演算結果を弾き出す。
「ふむ。そうだね。ではそうしよう」
どうしよう?
「お気に入りの場所に付き添って貰うよ」
「で・す・か・ら」
憤激の巨人。背はそこそこだけどね。
「私と兄さんはデート中なんです」
「知っているとも。だから花を添えに来たんじゃ無いか」
大物だなぁ。華黒を全く意に介さない意味で、少しは見習うべきだろうか? 受け取った花束の、薔薇の香りを楽しむ僕。
「それではマイリトルラバー。どうぞこちらへ」
「はいはい」
寸尺頷いて、僕は導かれる。
「兄さん」
「ま、取って食おうってワケでもないんだし良いんじゃない? 空気読めるくせに読まないのが先輩の取り柄だし」
「君も中々言うね」
「事実でしょ?」
「否定能わじ……かな。華黒くんの乙女心にとっては有害でも、華黒くんそのものは尊く想うよ」
「だってさ」
「兄さんの浮気者~」
「どうせ私と真白くんが結婚したら、華黒くんは妹になるんだから、お姉様って呼んで良いんだよ?」
「喧嘩を売ってるんですねそうなんですね!?」
「どうどう」
クシャクシャと濡れ羽色の髪を撫でる。にゃごろう。
「ってなわけで、華黒をからかうのは自重して貰えれば。カロリーも消費しますし」
「奢ってあげよう。カロリー程度なら」
「南無八幡大菩薩。で、何を企んでおいでで?」
「さほどの計画性は無いよ。実際にどうするかは考えたけど、ブレることも無いしね」
そこはブレてほしかった。いや昴先輩が戸惑う姿も想像は出来ないわけで。
「大学生活を一年間振り返ってどうでした?」
「美味」
唇を舌が舐める。
あー。コレダメな奴だ。
「変態」
正に適確な華黒のツッコミ。コレほど合致する罵倒も中々ない。
「まだハーレム造ってるんですか?」
「だって私の生きがいだしね」
そこに僕たちを合算されてもなぁ。特に華黒なんて真白ニズムだし。
「一応僕と華黒が恋人同士なのは承知してますよね?」
「知っているとも。三千世界で煌めくアベックだよ」
言葉のセンスが古すぎる。
「で、その恋人同士でデートしているわけで」
「そうだね。私と恋人とのデートだ」
「フシャー!」
「どうどう」
濡れ羽色が震えて静電気を発生させる華黒の頭を、僕は優しく撫でるのだった。そうでもしないと脳の欠陥がぶち切れそうで怖い。
華黒にとって世界とはイコール僕で。未だその図式からは抜け出せていない。ソレが悪いというのなら、僕は世の中に唾を吐く。きっと華黒が輝かしく思える世界を見つけるまでは華黒に寄り添っていたいから。
「ふむ。アイアイ。ああ、有り難い」
どっちかってーと昴先輩のアイデンティティが。ぶっちゃけ何を食ったら、そんな俺様キャラになるのか。しかもギリギリの処で寸止めし、優しく撫でて同性を堕とす。悪魔の手口だ。我々《おれおれ》詐欺。ちょっと懐古な表現だけども。
「夕方までには帰してくださいね?」
「三千世界の鴉を殺さないのかい?」
「否やと言わなかった場合、先輩が華黒に刺されるんですけど覚悟は在りや?」
「そこそこには戦えるけどね」
……そうでしたね。
「貴女なんかと居るとまた兄さんが怪我をします!」
「否定はしないけど、だからこそ真白くんは優しい人だよ。ソレを知っているからこそ、貴き想いも抱こうというもの。その艶やかな御尊貌は明けの明星よりも輝かしい。月に例えて尚遠い。弓張りの月より趣があるのさ」
ちょっと何言ってるかわかんないです。いや実は分かるんだけど。なんとなーく昴先輩ったらトリップしてるんじゃ無いかと心配させる持病を想わせる。乙女を口説くとなれば一直線。そこにファウルラインは存在せず、結果、誕生日デートは大幅軌道修正。南無。




