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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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実家へ戻る4

 初夏の涼しい風が部屋を通り抜ける。ふうっと頬を撫でられた気がして目を覚ました。


「小春、夕飯よ」

 朝まで、点滴と流動食のような栄養を取っていなかった私に炊き立ての白米は眩しかった。それよりも食べられるだろうかと疑問に思う。


「ブリ照りといんげんの和え物。小春、好きでしょう?」

 姉が対面で微笑む。


「うん。いただきます」

「味付けがキミヒコだからちょっと濃いかもね。すぐ味噌を足すのよ。カレーの隠し味も味噌だし」

 と姉が私に耳打ちする。


 私は私が幼いときの食卓を思い返していた。父が野球を見て、母が話しながらご飯を運ぶ。祖父はちょっとビールを飲んで祖母と姉は静かだった。黙々と食べて、姉はどんなご馳走でもちょっと寂しそうだった。


 それが、その姉が、

「ふふふっ」

 と笑いっぱなし。私が車麩にかぶりついたら汁がびしゃぁっとなって、テーブルの上が大惨事。

「だって、固形物久しぶりなんだもん。感覚忘れた」

 箸の使い方というよりも、箸を持った腕の動かし方がぎこちない。どこに力を入れて、手首をどう捻れば口に運べるのかとんと忘れた。


「十子、笑いすぎ。小春ちゃん、これ使って」

 キミヒコさんがふきんを渡してくれた。ほんの少し指先が触れただけ。病人の私が高熱だったわけではない。むしろ低温で困っている。その私よりも格段に低い。ひやっと感じるほどだった。


 姉は少し日本酒を飲んだ。不思議なもので、病気とわかってから私はお酒を飲みたいと思わなくなった。別に体に悪いわけじゃない。飲みすぎたらだめだけれど、寒い冬には体を温めてくれる。清めの酒もあるくらいだ。それなのに飲みたくない。これが私の生への執着なのだろうか。


 姉はテレビを見てゲラゲラ。こんな人ではなかったはずだ。つまらなそうに咀嚼を繰り返して自室にこもってしまうのが姉だった。チーズをつまんで酒を飲んでご飯まで。


 後片付けもキミヒコさんがしてくれる。

「ごちそうさま。ご飯、少ししか食べられなくてごめんなさい」

 私は言った。お茶碗の3分の1程度しか食べられなかった。


「ううん。小さいときはよく炊き込みご飯だと喜んでいたね。十子が白米好きだから作ったことないけど今度、挑戦してみるでござるよ」

 この人、本当に私のことを知っているのだ。作務衣が似合っている。見覚えがあるのは当然で、あれは父の仕事着だったものだ。


 そのよくわからない奇妙奇天烈な人の存在よりも、彼が姉を愛し、姉も彼に甘えられている様子が垣間見れてよかった。もう死んじゃう私には、いろんなことがどうでもよかった。


 食器まで洗って、後片付けを全部終えたキミヒコさんは、

「おやすみ」

 と姉のこめかみにキスをした。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 なんとなく様々なお礼を言いそびれてしまったなと私は思った。今まで見れなかったことも詫びていない。


 バラエティ番組を見ながら姉がケタケタ笑う。こんな下品な人だっただろうか。腕立てをしながら足をあげる。ヒップアップに効きそうだ。


「男の人と暮らしてるなら言ってよ。お姉ちゃんのキスとか見たくないわ」

 私の言葉に、

「だから、昔から一緒にいるんだってば。その反応も五人目だから慣れたけど」

 と姉が答える。キミヒコさんは休む前にお茶っ葉の入った急須まで用意してくれていた。湯呑みは私のもの。教えていなくても知っているのだ。食後に緑茶を飲むのは母の習慣だった。

 とくとくとく。夜は薄めなのも母と同じ。


 祖父母は私が高校生のときに亡くなっていた。

「おばあちゃんやお父さんたちもそうだったってこと?」

 私は聞いた。


「うん」酒をちびちび飲む姉が真面目な顔をして言った。「彼は精霊なの。それがどういうものなのか私もよくわからない。神様の使いなのか、たまに遠くへ出かけることもある。10月は神様が集まるっていうじゃない? そのために私にいろいろ作らせるし。ただ、私以外は余命宣告をされてからキミヒコの存在が見えるみたいなの。お母さんのあとにお父さんがそうだった。お母さんの前は西のほうの岡崎さんのおばあさんに見えて、うちに変な若い男がいるってひと騒動起こしてくれて、この辺りではうちはおばけ屋敷ってことになってね。まあ、死ぬ直前の人の言ったことなんて真に受ける人もいなかったけど。小春、お姉ちゃんがおかしなこと言ってるって思ってる?」

 姉が不安そうな顔で聞く。


「もう実物が見えちゃってるから」

 そう言いながら、私は自分の死を今まで以上にはっきりと意識した。姉もそうなのだろう。姉は家に連れ帰った私にキミヒコさんが見えなければいいと強く願ってくれたに違いない。


 心の中で、あちゃぁと一人つっこみ。もう死ぬことは確定のようだ。うん、わかっていた。でも姉が言うように、こっちに戻ったら治るかもしれないなんて精霊さんの存在よりも夢物語。


「お母さんが見えたとき、お父さんは見えなかったんでしょう?」

 私は聞いた。


「そう。だから会話がちぐはぐで、お父さん怒っちゃって。でもお父さんから見るとお皿が宙に浮いているわけよ。それに自分が見えるようになってから、納得して、急にキミヒコに家のことをいろいろ教え出して困っちゃった。精霊に保険の証書のこととか家系図見せて説明されてもね」

 テレビを消しても姉は笑っていた。キミヒコさんの存在が姉をそうさせているのならば微笑ましい。

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