第34話 隠された誇り
下の試験場では大騒ぎが起こっていたが、上の観覧席は水を打ったように静まり返っていた。
父上、タオフア叔母上、そして二人の長老は、誰も言葉を発しなかった。
口を開いたのは、母上だけだった。
「まあまあ。すごかったじゃありませんか。ねえ、あなた?」
母上がそう声をかけると、父上はまるで呆けから覚めたように瞬きをした。
母上へ視線を向け――その唇が、ほんのわずかに動いた。
気づける者はほとんどいないほど小さな、小さな動きだったが、間違いなくそこには笑みがあった。
母上は満足げに、にっこりと笑い返した。
「そうだな。あやつは、この半年で大きく成長した」
母上は胸を張った。
「でしょう? あなたったら、昔“あの子は気が弱すぎて大成しない”なんて言っていたのよ。ちゃんとこの瞬間を覚えておいてね」
父上はわずかに顔をしかめた。
「……しかし、あの頃は本当に、一族のためになるほど強くなるとは思えなかったのだ」
父上は族長であり、一族全体を守る責務を負っている。
自分の息子だからといって特別扱いするわけにはいかない。
公平であることこそが族長の務めであり、もし偏った態度を取れば、一族内の秩序は崩れる。
「だからといって、無視して、もっと“価値のある子”――たとえばウー・ヨンを鍛えるほうがいいと判断した、というわけ?」
母上の視線がタオフア叔母上へ向く。
タオフア叔母上はその視線を冷たい無表情で受け止め、何も言わなかった。
母上はタオフア叔母上を嫌っているわけではない。
だが――二人の相性が良くないことは、誰の目にも明らかだった。
母上は明るく自由奔放で、毎日を楽しむことを信条としている。
一方、タオフア叔母上は冷静沈着で、常に合理と効率を重視し、母上のような感情表現は“一族に不要な弱さ”だと考えていた。
「こんなこと、あり得ん……」
大長老が呆然と呟いた。
「どうしてあんな虚弱だった少年が、こんな短期間であれほどの力を得られるというのだ?」
疑いを込めて、彼は父上へ鋭く視線を向けた。
「……まさか、お前が手助けしたのか?」
父上の声は氷のように冷たかった。
「貴様、我が一族の掟を破り、試練を乗り越えていない者を私が優遇したとでも言うのか?」
「い、いや……まさか」
大長老は慌てて首を振った。
「すまぬ。ただ、あまりのことに動揺しているだけだ。外部の助力もなく、あそこまで強くなるなど……通常では考えられん」
ウー一族には、惜しみなく錬丹薬を買えるほどの財力はない。
錬丹薬は、武者が最も効率よく力をつける手段ではあるが、限られた資源は“才能と覚悟を示した者”にだけ与えられる。
努力し、道を切り開こうとする者には資源を与える価値がある。
そうでない者に与える余裕など、この家にはない。
「安心しろ。私は一切、ウー・ジエンを手助けしていない」
父上は、微動だにせず嘘をついた。
この真実を知るのは、父上と母上だけだ。
母上に頼まれた父上は、己の私蔵の錬丹薬をこっそりと息子に渡していた。
そして――
ジエンがメイインと共に西牙山へ忍び込み、銀蓮を手に入れたことも黙認していた。
父上は、族長として家族への情を決して表に出せない。
情に流されれば、一族の判断が歪み、秩序が崩壊する。
平等であり、公正であり、個人的な感情を排除しなければならない。
だが――
それでも、父上には一つだけ弱点があった。
父上の――唯一の弱点。
それは、母上だった。
本来、父上と母上が結ばれるはずなどなかった。
母上はただの村娘にすぎず、父上が旅の途中で偶然出会っただけ。
しかし二人は恋に落ち、父上は前当主の反対を押し切って彼女を家に連れ帰り、妻とした。
当時、それが許されたのは――父上が次期当主ではなかったからだ。
次の当主になるはずだったのは、大長老だった。
大長老は何度も父上に、「氏族の血を濃く保つため」「家の格を守るため」と、一族内部の娘との婚姻を強要した。
だが父上は、そのたびに拒否した。
最悪の事態が起きたのは、大長老が母上の修行を廃しようとした時だ。
その瞬間、父上の逆鱗が弾け飛んだ。
父上は怒りに任せて大長老へ決闘を申し込み、徹底的に叩きのめし――そのまま族長の座を奪い取ってしまった。
もし旧当主が大長老を庇わなければ、父上はあの日、彼を殺していただろう。
父上と大長老の関係は、昔から最悪だった。
ただし、大長老が今も“大長老”として座っていられるのは、旧当主が下した判断のおかげだ。
旧当主は大長老の行いを「軽率ではあるが、一族のためを思っての行動」と見なし、処罰を軽くした。
一年の独房幽閉だけで済ませたのだ。
それ以降、大長老は表向きには問題を起こしていない。
一族の利益だけを考えて動いているように見える。
証拠がない以上、父上は彼を追放できなかった。
それを許せば、一族内部に亀裂が走る可能性があったからだ。
「ウー・ジエンが強くなったとすれば、それはすべて本人の努力によるものだ。私は一切、手を貸していない」
父上が断言すると、大長老は穏やかな老人のように微笑んだ――
だがその笑みの裏に、深い闇が渦巻いていることを、母上ははっきり感じ取っていた。
「では、強さの試験を続けましょう」
タオフア叔母上が静かに言った。
「うむ。……ウー・コン!」
と、ウー・ジンスが次の受験者の名を呼んだ。




