第33話 三九六五
子どもたちが全員そろい、大人たちが席についたところで、父上がすっと立ち上がり、険しい表情で俺たち全員を見渡した。
あの表情を向けられれば、緊張しない子なんていない。
周りの子どもたちがそわそわしているのが横目でも分かった。
俺だって慣れない。父上は本当に迫力がある。
「ウー一族の“力試し”の時が来た」
父上の張りのある声が試験場に響いた。
「この世界は強者を尊び、力ある者を崇め、志ある者を褒め称える。
今こそお前たちが日々の鍛錬の成果を示す時だ。
この半年で大きく成長した者には、それに見合う褒美を与える。
怠けていた者は、来年こそ己の価値を証明せよ。
――では、“力試し”を始める!」
父上が母上とタオフア叔母上の間に腰を下ろすと同時に、ウー・ジンスが前へ歩み出て喉を軽く鳴らす。
「名前を呼ばれた者は試験石の前に立ち、力を示せ。
最初は――ウー・アイ!」
呼ばれた少年が群れから一歩踏み出した。
俺より一つか二つ年上だったはずだ。
訓練場でも時々見かける。
ウー・アイは石段を上り、黒い“試験石”――拳力を測る巨大な石の前に立った。
彼は脚を開き、戦闘姿勢を取る。
拳を胸元へ引き、目を細め、肺の底まで空気を満たし……
「ハァァァァッ!!」
と、渾身の力で拳を突き出した。
試験石にウー・アイの拳がめり込み、その瞬間、衝撃点から深紅の光がぱあっと広がった。
光は細かな粒となって石全体を走り、やがて集まって一つの数字を形作る。
「――三千二百四十三!」
ウー・ジンスが高らかに宣言した。
「良い出来だ。前回よりずいぶん強くなっている。感心したぞ」
ウー・アイは満足げに笑い、長老へ一礼し、次に父上へ一礼し、そして列へ戻っていった。
彼が人混みに紛れると同時に、また名前が呼ばれる。
「ウー・バオロン!」
「ウー・バイ!」
「ウー・ツァイ!」
次々と子どもたちが試験石へ向かっていく。
俺と同年代の子の多くは二千から三千の間。
中には三千五百を超える者もちらほらといる。
十五歳の上級生にもなると、ほぼ全員が四千から五千台の値を叩き出していた。
そんな中――
「五千三百四十!!」
ウー・ジンスの声が場に響きわたり、観客席がどよめきに包まれた。
今回、これまでで最高得点だ。
その数字を叩き出した少年は振り返り、俺たちに向けてニッと白い歯を見せつける。
十五歳。
漆黒の髪に薄い小麦色の肌。
皆と同じ袖なしの訓練着を着ているが……露出している腕には鍛錬で刻まれた無数の傷跡。
――どんな修行をしたら、あんな傷がつくんだ?
俺は息を呑んで、思わずその背中を見送った。
周囲で同年代の子たちがざわざわと話し始めた。
俺は自然と耳を傾ける。
「今のってウー・ホンじゃないか? ウー一族でいちばん強い若手だろ?」
「そうそう! 本物見るの初めて! やっぱ強そうだな!」
「そりゃそうだ。ずっと籠もって修行してるらしいぞ。しかも三長老が直接鍛えてるって話だ」
「えぇ!? それ反則じゃん!」
「世の中そんなもんだよ。才能のある奴は優遇される。才能のない奴は……一族にとって価値がないから資源なんて割いてもらえないんだよ」
その通りだと思った。
ウー一族はザン市にいる三つの氏族の中では一番強い。
だが、それは“ネズミ三匹の中で一番大きいネズミ”にすぎない。
国全体で見れば、ウー一族は最弱クラス。
父上が軍で功績を挙げ、皇帝と親交がある――その噂だけが、うちの一族が胸を張れる唯一の理由だ。
「ウー・ジエン!」
突然、ウー・ジンスの声が響き、俺の名前が呼ばれた。
全身がびくっと震えた。
さっきまで抑えていたはずの緊張が、胸の奥から一気にあふれ出してきた。
呼吸が浅くなる。
視界がじんわり暗くなる。
脳裏に最悪の未来が浮かぶ。
――もし、失敗したら?
――もし全力で殴っても、大した数字が出なかったら?
皆に失望されるのか?
足が冷たくなった。
それでも、呼ばれた以上、前に進むしかない。
震える拳を握りしめ、俺はゆっくりと前へ歩み出た。
俺の横で、メイが優しく微笑んだ。
「行ってきて、ジエン。あなたがどれだけ強くなったか、みんなに見せてあげて」
「う、うん……」
深呼吸し、俺は人だかりから一歩踏み出した。
階段へ向かって歩くと、周囲のざわめきがふっと消えたように感じた。
いや、違う……俺の耳に届かなくなっただけだ。
頭の奥で、ブゥゥゥン――という不快な音が響き続ける。
聞こえるのはそれと、自分の心臓の激しい鼓動だけ。
胸が締めつけられる。
緊張。恐怖。
とうとう自分の実力を示す瞬間が来たのだ。
もし、また笑われたら?
前回の俺の数値は――一二〇九。
同年代の誰よりも低かった。
その次に弱かった子でさえ二六〇〇だったのに。
ましてウー・ヨンは当時三二〇〇……今はもっと強いはずだ。
本当に越えられるのか?
本当に、自分は強くなれたのか?
怖い。
逃げたい。
だけど――もう後戻りはできない。
踏み出さなければ、どこにも進めない。
立ち止まったままでは、一生変わらない。
俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
足を滑らせるように開き、利き足を前に。
腰を落とし、視線を真っ直ぐに“試験石”へ向ける。
右拳を体側に引きつけ――
そして、一瞬だけ目を閉じた。
一瞬の静寂。
ひとつの呼吸。
「――はあああっ!!」
俺は持てる力すべてを拳に込め、試験石へ叩きつけた。
腰を回し、体幹をひねり、筋肉の一本一本まで総動員して――本気の一撃。
衝撃が腕を逆流するように走った。
試験石の内部で赤い光が渦を巻き、ひとつの数値へと収束していく。
やがて石の表面に浮かび上がったのは――
「……さ、三九六五っ!?
三、九、六、五!!」
ウー・ジンスの驚愕の声が響いた。
一瞬。
本当に一瞬だけ、誰も声を出さなかった。
そして――
「「うおおおおおおおおおっ!!」」
爆発したように歓声が巻き起こった。
あちこちから怒涛のざわめき。
誰もが一斉に喋り出し、場が揺れるほどの騒ぎになった。
無理もない。
半年前の俺の結果は――惨憺たるものだった。
“最低”
“失望”
“恥”
そのすべてが俺の名に貼りついていた。
生まれつき虚弱で、見た目も弱々しい俺は、それ以前から笑い者だった。
だがあの時の数値で、本当に“烙印”が押されたのだ。
父上も母上も、先祖たちの名すら汚したと陰口を叩かれ、友人だと思っていた子たちにも距離を置かれ、ウー・ヨンはさらに残酷に俺を痛めつけてきた。
父上が止めてくれるはずもない。
――弱い者は、氏族にとって価値がない。
それがこの世界の現実だった。
そんな俺が今、三九六五。
誰もが騒ぐのは当然だ。
今回の結果は、俺が誰よりも成長したことを示していた。
数百ポイント伸びる者は珍しくない。
中には千近く伸ばす者もいる。
だが――
俺ほど伸ばした者は、誰一人いなかった。
“弱い氏族の跡取り”
“みんなの笑い者”
そう馬鹿にされていた俺が、年上の氏族の少年たちをも超える力を叩き出したのだから、皆が呆然とするのも当然だった。
俺が階段を降りると、周囲の者が自然に道を開けた。
驚きと困惑の視線を浴びながら、その間をゆっくり歩く。
そして――
メイのもとへ戻った。
彼女は頬を薄桃色に染め、満面の笑みで俺を迎えた。
その瞳は夜空の星みたいにきらきらと輝き、思わず息を呑むほど美しかった。
「すごかったよ、ジエン!」
メイは俺に抱きつきながら笑った。
「ね? 本当に強くなったでしょう?」
「……ああ。なったよ」
俺も笑いながらメイを抱き返す。
「ありがとう、メイ。俺がここまで強くなれたのは、いつもお前が支えてくれたからだ」
「ずっと支えるよ」
メイは少し離れ、さらににっこりと笑った。
目が細くなるほどの幸せそうな笑顔で――その笑顔に、俺の心臓が跳ね上がる。
「だって……」
彼女は胸を張りながら言った。
「お嫁さんは、旦那さまを支えなきゃいけないでしょ?」




