呉剣の強さ(ウージェンのつよさ)
子どもたちが全員そろい、大人たちが席についたところで、
父上がすっと立ち上がり、険しい表情で俺たち全員を見渡した。
あの表情を向けられれば、緊張しない子なんていない。
周りの子どもたちがそわそわしているのが横目でも分かった。
俺だって慣れない。父上は本当に迫力がある。
「呉家の“力試し”の時が来た」
父上の張りのある声が試験場に響いた。
「この世界は強者を尊び、力ある者を崇め、
志ある者を褒め称える。
今こそお前たちが日々の鍛錬の成果を示す時だ。
この半年で大きく成長した者には、それに見合う褒美を与える。
怠けていた者は、来年こそ己の価値を証明せよ。
――では、“力試し”を始める!」
父上が母上とタオファ姉さんの間に腰を下ろすと同時に、
ウー・ジンスが前へ歩み出て喉を軽く鳴らす。
「名前を呼ばれた者は試験石の前に立ち、力を示せ。
最初は――呉艾!」
呼ばれた少年が群れから一歩踏み出した。
俺より一つか二つ年上だったはずだ。
訓練場でも時々見かける。
呉艾は石段を上り、黒い“試験石”――
拳力を測る巨大な石の前に立った。
彼は脚を開き、戦闘姿勢を取る。
拳を胸元へ引き、目を細め、
肺の底まで空気を満たし……
「ハァァァァッ!!!」
と、渾身の力で拳を突き出した。
試験石に呉艾の拳がめり込み、
その瞬間、衝撃点から深紅の光がぱあっと広がった。
光は細かな粒となって石全体を走り、
やがて集まって一つの数字を形作る。
「――三千二百四十三!」
ウー・ジンスが高らかに宣言した。
「良い出来だ。前回よりずいぶん強くなっている。感心したぞ」
呉艾は満足げに笑い、
長老へ一礼し、次に父上へ一礼し、
そして列へ戻っていった。
彼が人混みに紛れると同時に、また名前が呼ばれる。
「呉暴龍ーッ!」
「呉白!」
「呉才!」
次々と子どもたちが試験石へ向かっていく。
俺と同年代の子の多くは二千から三千の間。
中には三千五百を超える者もちらほらといる。
十五歳の上級生にもなると、
ほぼ全員が四千から五千台の値を叩き出していた。
そんな中――
「五千三百四十!!」
ウー・ジンスの声が場に響きわたり、
観客席がどよめきに包まれた。
今回、これまでで最高得点だ。
その数字を叩き出した少年は振り返り、
俺たちに向けてニッと白い歯を見せつける。
十五歳。
漆黒の髪に薄い小麦色の肌。
皆と同じ袖なしの訓練着を着ているが……
露出している腕には鍛錬で刻まれた無数の傷跡。
――どんな修行をしたら、あんな傷がつくんだ?
俺は息を呑んで、思わずその背中を見送った。
周囲で同年代の子たちがざわざわと話し始めた。
俺は自然と耳を傾けた。
「今のって呉洪じゃないか? 呉家でいちばん強い若手だろ?」
「そうそう! 本物見るの初めて! やっぱ強そうだな!」
「そりゃそうだ。ずっと籠もって修行してるらしいぞ。しかも呉三長老が直接鍛えてるって話だ」
「えぇ!? それ反則じゃん!」
「世の中そんなもんだよ。才能のある奴は優遇される。才能のない奴は……家にとって価値がないから資源なんて割いてもらえないんだよ」
その通りだと思った。
呉家はザン市にいる三つの氏族の中では一番強い。
だが、それは“ネズミ三匹の中で一番大きいネズミ”にすぎない。
国全体で見れば、呉家は最弱クラス。
父上が軍で功績を挙げ、皇帝と親交がある――
その噂だけが、うちの家が胸を張れる唯一の理由だ。
「呉剣!」
突然、呉金粋の声が響き、俺の名前が呼ばれた。
全身がびくっと震えた。
さっきまで抑えていたはずの緊張が
胸の奥から一気にあふれ出してきた。
呼吸が浅くなる。
視界がじんわり暗くなる。
脳裏に最悪の未来が浮かぶ。
――もし、失敗したら?
――もし全力で殴っても、大した数字が出なかったら?
皆に失望されるのか?
足が冷たくなった。
それでも、呼ばれた以上、前に進むしかない。
震える拳を握りしめ、
俺はゆっくりと前へ歩み出た。
俺の横で、呉明瑩が優しく微笑んだ。
「行ってきて、剣。あなたがどれだけ強くなったか、みんなに見せてあげて」
「う、うん……」
深呼吸し、俺は人だかりから一歩踏み出した。
階段へ向かって歩くと、周囲のざわめきがふっと消えたように感じた。
いや、違う……俺の耳に届かなくなっただけだ。
頭の奥で、ブゥゥゥン――という不快な音が響き続ける。
聞こえるのはそれと、自分の心臓の激しい鼓動だけ。
胸が締めつけられる。
緊張。恐怖。
とうとう自分の実力を示す瞬間が来たのだ。
もし、また笑われたら?
前回の俺の数値は――
一二〇九。
同年代の誰よりも低かった。
その次に弱かった子でさえ二六〇〇だったのに。
まして呉勇は当時三二〇〇……今はもっと強いはずだ。
本当に越えられるのか?
本当に、自分は強くなれたのか?
怖い。
逃げたい。
だけど――もう後戻りはできない。
踏み出さなければ、どこにも進めない。
立ち止まったままでは、一生変わらない。
俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
足を滑らせるように開き、利き足を前に。
腰を落とし、視線を真っ直ぐに“試験石”へ向ける。
右拳を体側に引きつけ――
そして、一瞬だけ目を閉じた。
一瞬の静寂。
ひとつの呼吸。
「――はあああっ!!」
俺は持てる力すべてを拳に込め、試験石へ叩きつけた。
腰を回し、体幹をひねり、筋肉の一本一本まで総動員して――本気の一撃。
衝撃が腕を逆流するように走った。
試験石の内部で赤い光が渦を巻き、ひとつの数値へと収束していく。
やがて石の表面に浮かび上がったのは――
「……さん、三九六五っ?!
三、九、六、五!!」
呉晋蘇の驚愕の声が響いた。
一瞬。
本当に一瞬だけ、誰も声を出さなかった。
そして――
「「うおおおおおおおおおっ!!」」
爆発したように歓声が巻き起こった。
あちこちから怒涛のざわめき。
誰もが一斉に喋り出し、場が揺れるほどの騒ぎになった。
無理もない。
半年前の俺の結果は――惨憺たるものだった。
“最低”
“失望”
“恥”
そのすべてが俺の名に貼りついていた。
生まれつき虚弱で、見た目も弱々しい俺は、それ以前から笑い者だった。
でもあの時の数値で、本当に“烙印”が押されたのだ。
父も母も、先祖たちの名すら汚したと陰口を叩かれ、
友人だと思っていた子たちにも距離を置かれ、
呉勇はさらに残酷に俺を痛めつけてきた。
父が止めてくれるはずもない。
――弱い者は、氏族にとって価値がない。
それがこの世界の現実だった。
そんな俺が今、三九六五。
誰もが騒ぐのは当然だ。
今回の結果は、俺が誰よりも成長したことを示していた。
数百ポイント伸びる者は珍しくない。
中には千近く伸ばす者もいる。
だが――
俺ほど伸ばした者は、誰一人いなかった。
“弱い氏族の跡取り”
“みんなの笑い者”
そう馬鹿にされていた俺が、年上の氏族の少年たちをも超える力を叩き出したのだから、皆が呆然とするのも当然だった。
俺が階段を降りると、周囲の者が自然に道を開けた。
驚きと困惑の視線を浴びながら、その間をゆっくり歩く。
そして――
メイのもとへ戻った。
彼女は頬を薄桃色に染め、満面の笑みで俺を迎えた。
その瞳は夜空の星みたいにきらきらと輝き、思わず息を呑むほど美しかった。
「すごかったよ、ジアン!」
メイは俺に抱きつきながら笑った。
「ね? 本当に強くなったでしょう?」
「……ああ。なったよ。」
俺も笑いながらメイを抱き返す。
「ありがとう、メイ。俺がここまで強くなれたのは、いつもお前が支えてくれたからだ。」
「ずっと支えるよ。」
メイは少し離れ、さらににっこりと笑った。
目が細くなるほどの幸せそうな笑顔で――その笑顔に、俺の心臓が跳ね上がる。
「だって……」
彼女は胸を張りながら言った。
「お嫁さんは、旦那さまを支えなきゃいけないでしょ?」




