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厳しい状況

あの襲撃から、四日が経った。

呉家の屋敷に敵が侵入しようとして失敗してから――

毎日のように戦いが続いている。

もともと、魏の裏切りで戦力を削られていた俺たちの一族は、度重なる攻撃でさらに追い詰められていた。

しかも――

一族の半分は、まだ幼い子供か、修行の才能がない者たちだ。

戦える人数なんて、限られている。

最初の襲撃からこれまでで、二十五人が命を落とした。

生き残った者たちも無事じゃない。

重傷を負った者ばかりで、回復には数ヶ月かかると言われている。

そんな中で、唯一の救いは――

父上が目を覚ましたことだ。

最初の襲撃から三日後だった。

だが、前線に立てる状態じゃない。

あれほど弱っていたのは、毒を盛られていたからだ。

……おそらく、天昊の仕業だろう。

そのせいで身体が大きく弱っている。

呉少林の話では、戦えるまで回復するには少なくとも一ヶ月はかかるらしい。

俺は、あの戦い以降、前線には出ていない。

陶花阿姨と母上に――

感謝と叱責を同時に受けた。

「機転は評価するが、無茶をしすぎだ」

……そんな感じだ。

正直、どっちなんだよって思った。

それから俺は、母上の手伝いをすることになった。

負傷者の看護だ。

美影と静淑も一緒だ。

三人で、できる限りのことをしている。

俺たちを守るために戦ってくれている人たちの命を――

少しでも繋ぎ止めるために。

……また命を懸けた戦いを経験して、分かったことがある。

俺はもう、前みたいにただ恐れているだけじゃない。

もちろん怖い。

死がすぐそこにある状況で、何も感じない奴なんて馬鹿だ。

だが――

それ以上に感じているのは、無力さだった。

何もできない。

状況を良くすることもできない。

それが、何よりも――

気に食わなかった。

今、俺は医務棟にいた。

血で汚れた漢服の袖は、すでに引き裂いている。

負傷した若い男の止血に使ったからだ。

その男は今、横になっている。

俺の服の布が、上腕にきつく巻かれていた。

即席の止血帯だ。

……肘から先が、なくなっている。

もうまともな包帯は、とっくに底をついていた。

今は服を裂いて、それを代わりに使っている。

最初にそれをやったのは静淑だった。

自分の服を迷いなく裂いて使った。

そして今では、みんながそれに倣っている。

……血にまみれているのに。

あのときの静淑は、今までで一番“姫”らしく見えた。

「大丈夫だ。すぐ終わる」

俺は声をかけた。

「包帯を替えるぞ」

男は苦しそうにうめきながら、脚を持ち上げる。

俺は慎重に包帯を外した。

これ以上傷を悪化させないように、細心の注意を払う。

……顔には出さない。

もっとひどいものは、もう見てきた。

だが――

傷口はひどかった。

膿が溜まり、ただれている。

しかも、色が変わり始めていた。

……緑だ。

感染している。

(まずいな……)

俺は内心で舌打ちする。

薬草を取りに行く余裕なんてない。

だから、感染を防ぐための軟膏も残りわずかだ。

それに加えて――

塩も、ほとんど残っていない。

これまでは塩を水に溶かして、消毒液代わりに使っていた。

しみる。

だが、効果はある。

……ただ、それも一時しのぎにすぎない。

長く持つものじゃない。

目の前の傷を見ながら、俺は理解した。

俺たちは――

完全に追い詰められている。

軟膏はもうない。

塩も、ほとんど残っていない。

食料も尽きかけている。

……敵が何もしなくても、いずれ俺たちは負ける。

そんな考えが頭をよぎる。

だが、俺はそれを振り払った。

これ以上考えたら、手が止まる。

動けなくなる。

だから――

今やるべきことだけに集中する。

俺はさらに服を裂いた。

塩水で洗い、簡易的な包帯として傷口に巻いていく。

額から汗が流れ落ちる。

それでも手は止めない。

「よし……これでいい」

俺は笑顔を作った。

「大丈夫だ。少し休め」

治療を受けていた呉家の男は、痛みに顔を歪めながらも笑い返してきた。

「ありがとうございます……剣公子……げほっ……げほっ……あなたには、本当に……感謝しています」

「無理するな」

俺は軽く手を振った。

「休めるときに休め。必要なら、母上がまだ薬草茶を持ってる。よく眠れるやつだ」

「いえ……私は大丈夫です。それは……もっと重い者に……」

「……分かった」

男は廊下に寝かされている。

ベッドは、もっと重傷の者で埋まっているからだ。

俺はすでに自分の毛布も、別の誰かに渡していた。

……今の俺にできるのは、せいぜい服を分けるくらいだ。

胸の奥が、鋭く痛む。

こんな状態の仲間たちを見ていると――

どうしようもなく、苦しくなる。

(……何か、できるはずだ)

廊下を歩きながら、俺は周囲を見渡した。

壁にもたれかかるようにして座っている若い女がいる。

頭には血で染まった包帯。

焦点の合わない目で、虚空を見つめていた。

……一瞬、死体かと思った。

だが、わずかに肩が上下しているのが見えて、まだ生きていると分かる。

左を見ると、若い男が二人。

全身に切り傷、打撲、痣。

それでも――

あれでまだ“軽い方”だ。

さらに進み、病室の中を覗くと――

腕を失った者。

目を失った者。

それ以上にひどい状態の者もいる。

……地獄みたいな光景だった。

(……これを止める方法は、本当にないのか?)

胸の奥で、重い感情が渦巻く。

そのとき――

美影と静淑を見つけた。

二人とも、さっきまでの俺と同じように手当てをしている。

静淑は、俺たちより少し年上の女の手当てをしていた。

美影は、年配の男に水を飲ませている。

その男は目が見えない。

両目が包帯で覆われていた。

……報告で聞いている。

あの人は、陶花阿姨をかばって強力な火の術を受けた。

その代償が――

両目だった。

美影と静淑がこちらに気づく。

視線が合う。

だが二人とも、手を止めない。

最後までやりきってから、ようやくこちらへ来た。

「どうだ?」

俺は聞いた。

静淑は首を横に振る。

「よくないわ」

声が低い。

「日を追うごとに負傷者は増えてる。それなのに、丹薬も、軟膏も、塩も全部尽きかけてる」

少しだけ、悔しそうに目を伏せた。

「あの日、丹薬を使ったの……今になって後悔してる。今あれば、どれだけ助かったか……」

「後悔しても仕方ないよ」

美影が静かに言った。

「後悔を治す薬なんてないもの」

そして、いつもの落ち着いた声で続ける。

「それに……あのとき使っても、今使っても、結果は大きく変わらなかったと思うわ」

少しだけ視線を上げる。

「だから今は――できることをやるしかない」

静淑は苦い笑みを浮かべた。

「……そうね。分かってるわ。もう起きたことを後悔しても意味がないって。でも……それでも、責任を感じてしまうの」

「だから、そんなに無理してるのか?」

俺が聞くと、静淑は首を振った。

「違うわ」

少しだけ視線を逸らす。

「ここは……私の家族だもの。い、いずれは、ちゃんとそうなるし……」

小さく言葉を詰まらせながらも、続けた。

「ただ……家族が壊れていくのを、見たくないだけよ」

……そうか。

俺は思わず笑みを浮かべた。

気づけば、もう長い時間を一緒に過ごしてきた。

その中で、静淑は――

完全に俺たちの家族になっていた。

もう、いないと困る存在だ。

かけがえのない存在。

……そして。

それを、静淑も同じように思ってくれている。

それが、素直に嬉しかった。


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