とりあえず安全…か
屋敷に戻るまで、ほぼ一時間かかった。
三人とも、それぞれ怪我をしていた。
一番ひどいのは、たぶん俺だ。
呉明の気弾を何発も食らったし、明申の《毒手》にもかすめられた。そのせいで身体中に焼け跡が残っている。
だが、美影と静淑も無事とは言えない。
特に美影はかなり危ない状態だった。明申に吹き飛ばされたとき、段状の座席に頭をぶつけてしまったらしく、脳震盪を起こしている。
今は俺と静淑の肩に腕を回し、二人の間で支えられるようにして運ばれていた。
屋敷の裏手には誰もいなかった。
だが、中心に近づくにつれて人の姿が増えていく。
武器がぶつかり合う音。
技が放たれる轟音。
誰かの悲鳴。
それらが夜の空気に響き渡っていた。
どうやら、本当に外壁の向こうではまだ戦いが続いているらしい。
そのとき――
夜空が突然、明るく光った。
ドォンッ、と爆発音が響き、大きな火柱が空へと立ち上る。
俺は思わずそちらへ顔を向けた。
「……俺たちは、まだ楽な方だったな」
思わずそう呟く。
「それはどうかしら」
静淑が言った。
「私たちはまだ鍛体境よ。修行者ですらない。気を使える相手に囲まれて戦ったんだから、むしろ私たちの方が大変だったと思うけど」
「確かに。そこまでは考えてなかった」
俺はそう言って、美影を見下ろした。
彼女の頭がふらふらと揺れている。
「急がないと。美影の脳震盪を診てもらわないといけない」
「ええ……行きましょう」
静淑もうなずいた。
俺たちは美影を半分抱え、半分引きずるようにして医務棟へ向かった。
中に入ると、すでに多くの負傷者でいっぱいだった。
廊下を進み、やがて呉少林がいる部屋へたどり着く。
彼はすでに別の患者を治療していたが、扉が開いた瞬間こちらを振り向いた。
そして俺たちの姿を見るなり、目を見開く。
「な、何があったんだ!? 三人ともその怪我は!」
「長い話になる」
俺はため息をついた。
「とりあえず……美影と静淑を先に診てくれないか?」
「何を言っている! 三人とも今すぐ診る必要がある!」
俺は首を振った。
「俺の怪我は痛いけど、命に関わるものじゃない。頼む、二人を今すぐ治療してくれ。俺は陶花阿姨に、敵が試験場から侵入しようとしたことを知らせないといけない」
呉少林は何か言い返したそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。
そして俺の手から美影と静淑を受け取る。
「呉美影をベッドに寝かせるのを手伝ってくれ」
俺は言われた通りに動き、美影をベッドにそっと横たえた。
靴を脱がせ、破れた服を外していく。
普段、胸を押さえている包帯も裂けていた。
胴体のあちこちから血が滲んでいる。
俺は顔をしかめながら、手を伸ばして彼女の身体についた汗と血を拭った。
一番ひどいのは頭だった。
最初は気づかなかった。
美影の髪があまりにも黒いからだ。
だがよく見ると、かなりの量の血が流れている。
……今はこれが精一杯だ。
俺は身をかがめ、彼女の額にそっと唇を押し当てた。
「すぐ戻る。約束する」
「……呉剣」
呼ばれて振り向く。
静淑が、美影の隣のベッドに横になっていた。
俺は微笑み、彼女の額にも軽く口づける。
静淑は顔を赤くしたが、抵抗はしなかった。
俺はすぐに部屋を出た。
陶花阿姨に報告したら、すぐ戻ると約束して。
向かったのは正門だ。
そこには、呉金素長老と呉寧長老が城壁の上に立っていた。
最初は何をしているのか分からなかった。
だが――
二人が龍印を結んでいるのが見えた。
その数秒後。
ドォンッ――!!
巨大な爆発が辺りを揺らす。
門の前で光が弾けた。
そのとき、ようやく理解した。
門の外の連中が侵入できないように――
何かの結界が張られているんだ。
「卑怯者め! 盾の後ろに隠れてないで出てこい! 俺と戦え!」
壁の向こうから、野太くて力強い、だが耳障りな声が響いた。
陶花阿姨の姿がどこにも見えなかったので、俺は梯子の方へ向かった。
そのまま登って城壁の上に出る。
壁の向こう側には――
少なくとも百人はいる軍勢がいた。
全員の実力までは分からない。
だが、鎧を着て武器を持ち、完全に戦う気でいるのは間違いない。
その集団の先頭に立っていたのは、頭を刈り上げた大男だった。
ぱっと見は僧侶のようにも見える。
だが顔には無数の傷が刻まれている。
それに、体格があまりにも大きすぎた。
熊よりも大きいんじゃないかと思うほどだ。
俺の腰より太い腕が、岩のような筋肉に覆われた体から伸びている。
あれでどうやって動いているのか疑問に思うほどだった。
剣のように鋭い眉。
その下にある紅い目が、鋭くこちらを睨んでいる。
歯を剥き出しにしながら、ほぼ自分の身長と同じ長さの大剣を構えていた。
……間違いない。
あいつが、猛虎門の門主だ。
俺が見ている間にも、その男は剣を振り上げた。
膨大な気が武器に流れ込んでいく。
剣全体が、真紅の光を放ち始めた。
炎が爆ぜる。
まるで信号弾のように火花が散った。
そして――
虎の咆哮のような叫び声とともに、剣を振り下ろす。
次の瞬間。
凝縮された炎が竜巻のように解き放たれた。
その巨大な炎の奔流が――
青い障壁に叩きつけられる。
衝突の瞬間、障壁の中にいくつもの気の文字が浮かび上がった。
「庇護」。
古い言葉だ。
今の言葉で言えば、「守護」や「庇う」という意味になる。
つまり――
俺たちが頼りにしているこの防御は、封印術で作られた結界ってことだ。
俺が城壁の上まで登りきる頃には、炎はすでに消え始めていた。
「クソッ! なんでこの結界はこんなに頑丈なんだ!?」
胡力が苛立った声で叫んだ。
「呉金素大長老!」
俺は歩み寄りながら声をかけた。
「剣公子!? こんなところで何をしている!? それに、その怪我はどうした!」
呉金素長老は驚いたようにこちらを見た。
だが、俺の傷だらけの姿を見た瞬間、さらに目を見開いた。
「明申、巨石鳳、それから呉明が試験場から侵入しようとしてきました。俺たちで倒しました……でも、この通り代償は大きかったです」
俺は肩をすくめながら言う。
「なるほど。ここにいろと言ったのに勝手に動いたのは感心しないが……まあ、その話はあとでだな」
呉金素長老はそう言った。
そのとき、下にいた胡力が腕を組みながら会話を聞いていたらしい。
「つまり、あのガキどもは失敗したってことか」
鼻で笑う。
「まあいい。そういうことなら仕方ねえな」
そして振り返り、大声で命じた。
「おい! 今回の目的は失敗だ! この結界も破れそうにねえ! 撤退の合図を出せ!」
集団の中の一人が、気弾を空へ放つ。
それは夜空で爆発し、空を明るく照らした。
胡力は最後にもう一度こちらを見た。
そして俺と目が合う。
奴はにやりと笑った。
そのまま背を向け、百人ほどの部下を引き連れて去っていく。
撤退しているはずなのに、その背中には圧倒的な威圧感があった。
……何が起きていたのか、正確なところは分からない。
だが一つだけははっきりしている。
奴らの計画は、巨石孫と呉明が試験場で何かを成功させることが前提だった。
つまり――
それが失敗した今。
俺たちは助かった。
少なくとも――
今のところは。




