最終幕 全てが元に戻る
「涙。涙、起きて」
「……………(んっ)」
揺さぶられて、のろのろと瞼を上げる。
視界の先には白い布が見え、それが自分自身が着ている何かだと気づくのに時間が掛かった。
「ふふっ。涙が寝ている間に準備が出来たんだ」
隣から神薙の声が聞こえてくる。しかし、そちらに向こうとしても体が言うことを聞かない。
指を動かそうとも、足を動かそうとも、口を動かそうともぴくりとも動かなくて嫌な予感が頭の中に広がった。
まるで、この体が自分自身のじゃないみたいに。
「ああ、本当にきれいだ。夢に見た君の花嫁衣裳……」
「……………(花嫁衣裳?)」
やはり、口でさえ上手く動かない。どういうことだ。
顔には刺繍で作られた白いベールのような布が覆われていて、周囲を見回してもどういう状況なのかが分からない。
「ああ、君の今の体では上手く動けないよね」
ちょっと待ってねと言ってふわりとベールが外される。
視野が広がって目の前には立て掛けの鏡があり、自分の今の姿に驚愕した。
それは住職の屋敷で見た花嫁の身代わり人形と全く同じ姿をしている自分の姿があったのだ。そして、今、自分がいるのが蛇の遊戯で訪れた『かさま』の部屋にいることが分かった。
「ここは君と僕の家だよ。ここにずっと一緒に暮らそうね」
その言葉に目を見開く。
ずっと?ずっとと言ったのか?
目だけが自由に動くため、目を瞠る。
「もう怯えることがない。飢えることもない。死ぬことのない。君の躰は特別になったんだよ」
目の前に来た神薙が嬉しそうに笑いながら、私の頬を撫でてくる。
その感触、手のひらの温度も感じるのになんで、なんで……………。
なんで動けないの?
「動けないのは許してほしい。君が逃げるなんてことがあったら僕はまた狂ってしまう」
もし、何処かに行きたいなら僕が連れて行こう。
美しい花畑でも海でも全て……。
「君と一緒ならどんなところも喜んでいこう」
君をやっと手に入れたんだ。
もう、離したりしない。
手に届かないところで死なせることもない。
「涙。ずっと、一緒だよ」
「…………………………(ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)」
こうして、小野寺涙は囚われてしまった。
姫塚村のとある屋敷にはまるで人間のように美しい人形があると言われるようになった。興味本位で訪れた者達はいつの間にか行方不明になると言う都市伝説も出ることになるのはまたのお話である。
後日談
とある大学では。
「深山先生、生徒の結婚式に参加していたと聞きましたがどうでしたかな?」
「ええ、とても良かったです」
深山は嬉しそうに笑みを浮かべながら他の教授と話をする。
そう。深山自身、ここ一週間は生徒の結婚式に参加するために休暇を取っていた。また、その村にある伝承の研究をついでにとしてきたようだ。
「神田君はとても良いお嫁さんを迎えられて嬉しそうでした」
「おお、それはよかった」
そんな話をしながら深山は自身の部屋へ向かおうとすると、とある生徒に声を掛けられる。
「あ、あの先生。飛草たちのこと、何か知りませんか?」
ここ一週間に飛草たち五人が行方不明となっていると言う。しかし、深山はそんな彼らのことは知らない。
「すみませんが何も。ああ、ただ姫塚村に行くとかなんとか言っていたような……」
「そうですか。すみません、急に呼び止めて」
そう言って立ち去っていく生徒を何も感情が移さない目で見てからまた歩みを進めた。
「全く、ここまで改竄するとは我が主だからこそですかね」
部屋に戻り、鍵をかけた深山がはあと溜息をつく。
そう。初めからの涙を手に入れるための自作自演だ。
神薙の力があれば簡単に攫うこともできたのに彼女のことを考えて自由な時間を与えたのだ。まあ、彼女と学生生活を送りたいという欲もあったのだろう。
深山……、烏は彼女を監視するために彼女の大学教授になったのも彼の命である。
「しかし、かの方も人が悪い。これからも人間を招き入れるなんて」
まあ、これに関しては自分たちにとっては都合がいいことではあるが。
食料がわざわざ来るんだ。いいことでしかない。
「……………そういえば、今日は湖を見に行くと言っていましたね」
いやはや、人間の愛とは恐ろしいものだ。




