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バレンタインデー特別企画⑥〜バルタザール〜



〜放課後〜



「はあ。エーリックに渡せたのは良かったけど、イリアスには結局チョコ渡せなかったな」


エーリックと別れたあと、もう一度イリアスの教室に行ってみたけれど、まだ生徒会の仕事は終わらないようでイリアスは不在だった。

これ以上待っていると、約束の時間に遅れてしまうと、仕方なく私は学園をあとにしたのだった。


「仕方ない。帰ってから、イリアスの家に行ってみよう」


気持ちを切り替えて、私は馴染みのある廊下を進むと、その先にある年季のある扉に手をかけた。


「みんなー、元気だったー?」


ガラリと扉を開けて、声をかけると、慣れ親んだ子供たちの顔が一斉にこちらを振り向く。


「姉ちゃん!」


「あれー、今日来る日だっけー?」


「制服だー」


ここは『アスタ孤児院』。私が小さい頃からお世話になっている場所だ。

いつもなら顔を出すのは学園が休みの日。おまけにいつもとちょっとずれた時間帯に来た私を子供たちが訝しがっているみたい。


「ふふ、今日はちょっと特別な日だからね。あなたたちに、クッキーを持ってきたわよ」


わらわらと集まってくる子供たちに、クッキーが入ったバスケットをかかげると、歓声があがった。


「まあ、カレンさん、いつもありがとうございます」


子供たちに続いて現れたのはこの孤児院の院長。


「さあ、みんな。クッキーが食べたかったら、支度を手伝って。テーブルの上を綺麗にしないと、あげませんからね。綺麗にしたら、自分のコップも忘れないで」


「「「はーい!!」」」


テーブルの上に散らかったお絵描きの道具や絵本を子供たちが片付けにかかる。

バスケットを受け取った院長が、にこやかに私に笑いかけてきた。


「さあ。これで、子供たちはクッキーを食べ終わるまでは、他のことは目に入らないはず。しばらくはおふたりでゆっくりできるはずですわ」


意味深にちらりと、後ろに視線を投げかける。

視線の先にいたのは、今さっきまで子供たちと一緒にテーブルを囲んでいたはずのバルタザール。

子供たちがテーブルを離れたのを機に、立ち上がってこっちを見ている。


「あちらに椅子をふたつ御用意致しましたから、どうぞお使いくださいませ」


院長が手のひらで指した方向には、部屋の隅の窓際に、外向きに向かって椅子がふたつ並んで置かれていた。わざと慇懃な言葉遣いをした院長が「ふふふ」と含み笑いを浮かべて、意味深な目配せとともに去っていく。

今日、どうしてわざわざこの日に孤児院に訪ねて来たのか、バレバレみたい。

あからさまな院長の態度に、羞恥で顔が赤くなる。


「カレン」


「バルタザール」


バルタザールが私のもとにやってくる。

魔王退治の功績でこの国の貴族になった彼だけど、未だ異国情緒が抜けきっていない。

前開きの膝下まである長いローブと、腰に巻いた布。夏とはまた違った格好だけど、浅黒い肌と銀色の長い髪によく似合っている。

けど、この国の貴族が夜会なんかで着るかちっとした礼装も、バルタザールの独特の雰囲気と合わさってかえって似合うと思うのよね。舞踏会を一緒に出席する歳になったら、いつか見れるかしら。 


「来てくれて、ありがとう。院長先生があっちに席を用意してくれたみたいなの。あっちに座らない?」


「ああ」


有り難く用意してくれた席へと移動する。

もう沈むばかりの柔らかい太陽の光が当たって、心地よい場所だった。

窓からは孤児院の外の景色も見えて、雰囲気も悪くない。


「二月十四日に必ず会いたいだなんて、どうしたんだ」


横に座ったバルタザールが聞いてくる。

そうなのだ。学園では会うことのないバルタザールにチョコを渡すためにはどうすれば良いか、考えた末、孤児院で渡すことを思いついた私は、学園が終わったらすぐに行くから待っていてと事前に伝えていたのだった。

そのため、イリアスを待つことはできなかったけど……。


「もう気付いてると思うけど……はい、チョコ」

 

照れ照れと下を向きながら、黄色いリボンの小箱を差し出す。


「チョコ?」


しかし、バルタザールからは訝しげな声が――。


「ショコラブデーのチョコよ」


「ショコラブデー……?」


理解してない様子のバルタザールの顔。


「……まさか、ショコラブデー知らないの?」


「初めて聞いた。なんだ、それは」


「ええっ!?」


まさか知らないなんて。今まで貰ったことがないのかしら。――いや、あり得ないわ。バルタザール程の容姿だったら、一度や二度くらいは最低ないとおかしいもの! それがなかったということは――


「まさか、バルタザールがいた国ではショコラブデーなかったの……?」


「俺がいた国では聞いたことがない」


「そんな……」 

 

世界共通じゃなかったのね。でも、そうか、元いた世界でも、発祥した国はひとつだから、この世界も、似たようなものなのかもしれないわね。学園が乙女ゲームの世界の舞台だから、都合よくあるだけで、世界共通じゃないんだわ。


「その『ショコラブデー』というのは、どういう日なんだ?」


ショックから立ち直って、バルタザールに真面目な顔で向きなおる。


「ショコラブデーはね、女性が好きな男性にチョコを渡して、愛を伝える日なの」


「そうなのか」


「うん。だから、貰って」


再び箱を差し出すと、バルタザールが戸惑いながらも受け取ってくれた。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


「中身はチョコなんだな」


「うん。ちなみに、中身はチョコクッキー。私の手作りよ」


バルタザールがまじまじと箱を眺めたあと、ぽつりと呟いた。


「『愛を伝える日』、か……」


考え深げに箱を見つめるバルタザール。あまり口数が多くない彼だから、こういう時、何を考えているのか、ちょっとわからない。

喜んでくれたかしら。

ちらりと後ろに目をやると、部屋の中央では騒がしく子供たちがテーブルを囲んでクッキーを食べている。


「ちなみに、子供たちが食べているのより、こっちのほうがチョコチップ多いから」


私は慌てて付け足す。

バルタザールにだけあげて子供たちにはあげないのも、なんだか気まずい気がして用意してしまったけど、これじゃなんだか重みがないわね。


「あれ、それもしかして、ショコラブデーのクッキー?」


いつの間にか食べ終わった子供のひとりが近寄ってきて、バルタザールが持っている箱に目を止める。

綺麗に包装された箱と今日が何の日か知っていれば、中身は簡単に予想がつくだろう。

チョコも無事渡し終えたので、私たちは立ち上がる。


「あれ、でも、兄ちゃん、甘いの嫌いじゃなかったっけ?」


もうひとりやってきて、一人目の子の声に反応する。


「前、お菓子の時間の時に一緒に食べようって誘ったら、甘いのは口に合わないって言われたよーな気がする」


「……」 


予想外の言葉に固まってしまう私。

ええ!? バルタザール、甘いのは嫌いだったの!?

それじゃ、チョコチップ入り――しかも多め――クッキーなんて貰っても嬉しくないわよね?!


それなのに、口に出さずに貰ったのは、私が傷つくと思ったからよね。

さっきの沈黙はそういうことなんだわ!

せっかくのショコラブデーの日になんてこと。これは事前調査しなかった私が悪い……。


「なになに」


「どーしたの?」


あわあわとしているうちに、他の子供たちも集まってくる。


「ごめんなさい、知らなくて……」


ぎこちなくバルタザールを見上げれば、彼の黄色い瞳と目が合う。

私の申し訳なさそうな表情が入ったはずなのに、何故かバルタザールの瞳は逆にふっと和んだ。


「俺は今まで、プレゼントを貰ったことがない。そんなこと想像することもなかった。けれど今、その気持ちが初めてわかったんだ。自分のためを思って用意された贈り物は、こんなにも嬉しい気持ちにさせてくれるものなんだと」


「……バルタザール」

 

孤児院育ちの彼。普通の人なら、当たり前に享受できたものを、これまで一回も受け取ることができなかった彼。

家族がいたなら、毎年、誕生日にはプレゼントを貰っていたはず。

胸が詰まって、何と声をかけていいかわからない。私が言葉を探して戸惑っている間に、周りを囲んでいた子供たちが動くほうが早かった。

まるで蜘蛛の子を散らすように、部屋から飛び出していく。――と、思ったらまたすぐに私達のもとに戻ってきた。何やらそれぞれ手に何かを握りしめている。

一番乗りした子が、勢いよく手を私達に向けてきた。


「はい! 兄ちゃん、これ俺が大事にしている剣! 兄ちゃんにあげる!」


その手の中にあったものは、厚紙で作られた剣の形をしたもの。拙いながらも色が塗られている。

続いて女の子が走り寄ってきた。


「私は、綺麗な石! ずっと大事にしまってたけど、お兄ちゃんにあげる!」


その手にあったものは、何の変哲もないすべすべした石。

――続いて、また小さな手が伸ばされた。


「僕は蝉の抜け殻! これが一番大きくて、僕のお気に入りだよ!」


「私は紙で作ったお花! 綺麗でしょ! お兄ちゃんにあげるね!」


次から次へと、子供たちが押し寄せて、バルタザールに向けて、手に持ったそれを掲げてくる。

どれも、価値があるとは決して言えないようなものばかり。ひとによってはガラクタと言うだろう。

けれど、ここにいる子供たちにとっては、ひとつひとつが宝物。


「こらこら、みんな、一体どうしたの? そんなふうにしたら、バルタザールさんが困ってしまうでしょう」


騒ぎに気づいた院長がやってきて、子供たちをなだめるように言い聞かせる。


「そんなに貰ってもバルタザールさんが持ちきれないわよ。ほら、しまいなさい」


院長の言葉によって、勢いよく伸ばされていた子供たちの手が少しずつ下がっていく。


「みんな、ありがとう」


バルタザールが口を開く。その和やかな表情からは、子供たちの思いを汲み取ったことがわかった。

何も貰えなかったバルタザールに、子供たちなりに一生懸命プレゼントしようとしたのだ。

優しい子達ね。

胸がじんわりと温かくなっていると、それまで輪に入りきれなかった小さな女の子がおずおずと、バルタザールの前にやってきた。

両手には広げた画用紙。


「どうした」


バルタザールがしゃがんで、女の子に声をかける。

女の子が、更にバルタザールの眼の前に持っていくように画用紙をあげた。

そこには並んだふたりの人間が書かれていた。ワンピース姿の長い黒髪の女の子と、もうひとりは黒髪の女の子よりは短い灰色の髪を持った、おそらく男の子と思われる子。おそらくといったのは、灰色の髪の子がズボンを履いていたからだ。

幼い子供の手によって書かれた、拙い作のもの。ところどころ歪んで、決して上手とは言えないもの。

子供特有の書き方で、二人は笑っていた。こだわりがあったのか、それぞれ目の色が丁寧にも違っていた。黒髪の女の子は紫の線で、灰色の髪の子は黄色い線で書かれていた。


「これ、もしかして私達?」 


私が声をかけると、女の子が赤い顔で頷く。


「まあ。私達を描いてくれたなんて、すごく嬉しいわ」


よく見れば、絵の二人は手を繋いでいるように見えた。にっこり笑って並んでいる私達。

その絵から、女の子が私達を好いてくれているのが伝わって、なんとも言えない気持ちになった。

なおも絵を差し出す女の子に、バルタザールが声をかける。


「もしかして、この絵を俺にくれるのか」


「うん」


バルタザールが優しく微笑んだ。


「ありがとう」


絵を受け取って、女の子の頭を撫でる。

今まで見たことがなかった穏やか顔つきを見て、彼の心にも今、愛が溢れているのだと悟った。


――『愛を伝える日、か……』


先程のバルタザールの独り言を思い出す。

贈り物はチョコではなかったけれど、今日バルタザールは子供たちから沢山の愛を受け取ったに違いない。

温かい気持ちで見守っていると、視線に気付いたのか、バルタザールが上を向いた。

彼が私に向かって微笑む。


今日(ショコラブデー)と言う日が、彼にとって特別な思い出となりますように。

胸にじんわりと宿った愛が伝わるように、私も柔らかな笑みを返したのだった。




バルタザールが一番穏やかな空気となりました。七人の中で一番過酷な子供時代を過ごした彼なので、今こうして穏やかに過ごす人生を手にすることができて本当に良かったなと思います。

絵を贈った女の子と、カレンとバルタザール。ふたりの将来像が垣間見えた気がしました。

今回イチャイチャはありませんでしたが、孤児院を出たあと、去り際カレンの額に軽くキスを贈ったと思います。


ユーリウスやフェリクスのようにベタベタしたり、エーリックのようにパーソナルスペースが異常に近いわけではないバルタザールですが、その実彼が一番危険だったりします。

外では軽いスキンシップが主なので、カレンは安心しきってますが、巣(家)に足を踏み入れた日には、黒狼の二つ名にふさわしく、逃さず捕食されてしまうでしょう。

ポーカーフェイスで基本口数少なめなため、そんな雰囲気を感じさせないので、急に押し倒されて混乱している間に美味しくいただかれてしまうという感じです。(^_^;)


勘の良いイリアスは勿論のこと、そっち方面の危険察知能力に長けているフェリクスは「「絶対ぜってー、あいつの家には行くな」」と釘を刺していると思います。

言われる理由が「??」とわからないながらも、イリアスの言葉には素直に従ってしまうところはカレンの可愛いところでもあります。


さては明日はいよいよトリ、イリアスのご登場です!!


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