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バレンタインデー特別企画⑤〜エーリック〜



はあ。とんだ目にあったわね。やっぱりユーリウスは強敵だったわ。

でも、これで峠は超えたようなものよ。

残り、三人頑張るわ! ファイトー、オー! 

気付けばもう帰りの時間。ちらりと隣の席を見るも、そこは先程から空席だった。

最後の授業は選択科目だったわね。確かエーリックは剣術の授業だったはず。まだ戻ってないのかしら。

既に帰り支度をしている、エーリックと同じ剣術授業を受けた男子生徒に聞いてみれば――


「ああ、エーリック? あいつ、先生に追加で指導お願いしてたから、まだ練武場じゃないかな」


と、教えてくれた。


「そう、ありがとう」 


流石騎士志望のエーリック。真面目で努力家ね。でも、そっか。今ならチョコを渡す絶好の機会じゃない?

一緒のクラスだから、チョコを渡す機会なんていくらでもあると思っていたけど、これがなかなか難しかった。

常に友達に囲まれているから、割り込むこともできないし、移動教室で時間を取られたりで、結局渡す機会がないまま、帰りの時間になってしまった。

今なら独りだろうから、渡しやすいし、練武場に行ってみよう。

――と、その前に。

イリアスに声かけて、一緒に帰りたいからちょっと待っててって言っておかなきゃ。

ドキドキしながら教室を覗くも、一足遅かったのか、生徒会室に行ったようだとクラスメートが教えてくれた。


「放課後もなの? 仕方ない。もう少ししたら帰ってくるかもしれないし、エーリックに先にチョコを渡しに行こう」


私は練武場に向かうことにした。

鍛錬が終わったところで、声をかけようと思ったけれど、練武場に着いた頃には既に終わったようで、脇の建物に入っていくエーリックの小さな後ろ姿が見えた。


「いけない。見失ったら、このままチョコ渡せないわ」


私は急いで駆け出して、エーリックが入っていったのと同じ扉の前にくると、ガチャリとノブを回した。


「エーリック、いる!? ――って、きゃあぁっ!!」


「っ! カレン!?」


私の視界に映ったのは、訓練服から制服に着替え途中の、ちょうどシャツに腕を通すエーリックで――。


「ごめんなさいっ!! 着替え中だとは思わなくてっ!」


くるりと方向転換して、後ろを向く。

この建物って、更衣室だったの!? 無駄に外観が豪華だったから、結びつかなったわ。

エーリックがどっかの部屋に入る前にと思って慌てて開けちゃったけど、考えなしだったわ。私の慌てん坊!  

後悔と恥ずかしさであわあわしてる中、後ろからは衣擦れの音が聞こえてくる。やけにその音だけが大きく耳について、先程の光景が脳裏を過ぎる。

程よく鍛え抜かれた二の腕と、形の良い背中。一瞬のことなのに、目に焼き付いてしまったみたい。

顔だけじゃなく、全身赤いわ、きっと今。


「もういいよ、振り返っても」


エーリックの言葉で、ぎこちなく体を向き直らせる。


「本当にごめんなさい」


「大丈夫。気にしてないよ。――それよりどうしたの? こんなところまで」


「あ、そうだ。――実はチョコを渡しに来たの」


想定外の出来事のせいで、当初の目的を忘れるところだった。

エーリックに近づいて、オレンジ色のリボンがかかった小箱を差し出す。


「これ……」


「ショコラブデーのチョコよ。渡すの遅くなっちゃってごめんね」


「ううん。すごく嬉しい」


エーリックが箱を受け取って、朗らかに笑う。


「ありがと」


うっ。相変わらず、無駄にキラキラしてるわね。そんなことを思っていたら、外がにわかに騒がしくなった。

誰かがばたばたと駆けてくる足音。


「建物にくるみたいっ。どうしようっ」


男子更衣室に女子がいたらおかしいわよね。知らなかったとはいえ、変態みたいじゃない。

どこかに隠れる場所はないかと、あわあわと首をめぐらせば―― 


「こっち」


エーリックが私の手首を掴んで、引っ張った。


――ガチャリ。


扉が開く音と同時に隠れた場所は、窓際の白いカーテンの中。


「やべっー! 忘れ物した!」


扉を開けたと思われる人物が盛大な独り言と共に建物に入ってくる。

どうやら何かを取りにきたみたい。

大きくなる足音と、その後のがさごそと何かを探る音。

その間、私はエーリックの腕の中。


「動かないで」


耳の上で、そっと囁かれる低い声。エーリックの体がぴったりと私の体に寄り添っている。私を抱きしめる両腕。厚い胸板から、エーリックの心音が聞こえてきそう。私の心臓がドクドクと高鳴っていく。

うひゃあ! カーテンのなかに隠れるなんて、漫画やドラマの中だけだと思っていたら、実際起こるものなのね!

なんだか、私とエーリックだけがこの白くて狭い世界に置き去りにされてしまったよう。

でも、エーリックとならそうなっても全然不安にならなさそうだから不思議だわ。

それにしても、エーリック、良い匂いするわね。鍛錬後だというのに、全然汗臭くないのは、もう人の為せる行為を超えてるとおもうんだけど。

あれこれ考えているうちに、建物に入ってきた人物はひとしきり物音をたてたあと、「あった、あった」と言いながら、来た時と同じように騒がしく帰っていった。


「……」


「……」


建物の中に落ちる静寂。

今度は本当に二人きりの世界。

沈黙が続く中、私はおずおずと口を開く。


「……あの、行ったみたいだけど……」


体を離しても大丈夫と暗に伝えたのに、エーリックの腕は弱まるどころか、逆にぎゅっと抱きしめてきた。


「もう少し、このままでいさせて……」 


耳元で囁かれた甘く掠れた声に逆らえるわけもなく、私はもう少しこのまま、二人きりの世界に留まり続けたのだった。



 





♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡


〜カレンの知らない秘話〜



「はあ」


ため息が無意識に出てしまったのはしょうがない。机の下の引き出しを探ると、綺麗にラッピングされた箱が次々と姿を現す。今日がショコラブデーときたら、当然中身はチョコだろう。どれも知らないうちに入れられた物ばかり。 

登校した朝の時点で入っていたし、移動教室など少し席を外すことがあるたびに、何故か徐々に数が増えていった。


「はあ。カレンに見られなくて良かった」

  

今日はいかに、このぎゅうぎゅうに詰め込まれたチョコをひとつも外にこぼさず、机の引き出しから教科書を出すか、そればかりに気を取られていた気がする。

一歩間違えれば、教科書にあたってチョコが転び出ていただろう。そうなったら、隣の席のカレンに真っ先に気づかれてしまう。

望んで貰ったものではないとはいえ、カレンに嫌な思いをさせていたかもしれない。

今はもう放課後。先程カレンを見送ったから、その心配もなくなった。誰もいなくなった教室で、俺はひとり、チョコが入った箱を机からひとつひとつ取り出して鞄に入れていく。


「よお、色男」


「ハーロ……!」


声のしたほうを向けば、俺の親友のハーロルトが扉に寄っかかってこちらを見ていた。

どうやら一連の動作を見られていた感じだ。

俺が顔をあげた拍子に、こっちに向かってくる。


「カレンがいながら、ほかの女からチョコもらったのか」 


「違うよ! これは勝手に入れられたんだよ。直接持ってきたやつは、全部断った」


「色男は大変だな」


「他人事だと思って」


「それよりすごい量だな。全部ひとりで食べるのか?」


鞄から覗くチョコの箱を見て、ハーロルトが軽く口笛を吹く。


「まさか。執事長に渡して、屋敷のみんなにあげるつもり」


「ま、捨てるのも勿体ないもんな」


最後のひとつを鞄に詰め、立ち上がる。


「待っててくれたんだろ。おまたせ。帰ろ」


「おお」


俺とハーロルト以外、人っこひとりいない寂しい廊下。外はもう日が沈んでいく。肌に染み入っていく冬の気温。

けれど、俺の心はあったかくて。

先程あった腕の中の温もり。

それから―― 

  

「なんだよ、ニヤニヤして」


俺の顔をみて、ハーロルトが不審げな目を向けてくる。

――それから、いつでもそばにいてくれる親友。

少し前までは、絶対手に入らなかったもの。

それもこれも全部、たったひとりの少女がくれたもの。


「幸せを噛み締めてたんだよ」


「なんだよ、気持ち悪いやつだな。――おっ、さてはカレンとなにかあったな」


「秘密」


「なんだよ、教えろよ」


俺がさらにふふと笑うと


「このやろう」


つられて笑い始めたハーロルトが肩に手をかけて問いただそうとして来たので、さっと身をかわす。


「まちやがれ!」


さらに捕まえようとしてくるハーロルトから、俺は笑い声をたてて逃げ出した。




♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡❦♡





最後、腕の中に留まり続けました。確実に成長しています!

それにしても、エーリックの絶妙な物足りなさが、ジレジレしますね。「キスもしてほしい!」とこっちからおねだりしたくなります。

天然なのか、計算なのか。どちらにせよ、あざといことには変わりありません。

こんなことが続いたら、いつかカレンのほうから、ぎゅっと目を瞑って「えいっ」とキスしてしまいそう。そして、間違いなくエーリックの『男の子スイッチ』を押してしまうことでしょう。

エーリックに乱されるカレン、色っぽそうです。



最後、エーリック視点でちょっと書いてみました。やっぱり七人のなかで一番貰うのは、誰からも好かれている人気者のエーリックです。人柄のため、貰ってくれるだろうという期待値も高いので(しかし、例年よりはかなり少なめです。カレンがいるので)。そして、それらのチョコ(貴族が買うチョコは当然高級チョコなので普段食べられない)を使用人にあげたことで、使用人たちからの好感度も勝手にあがるという、まさにお得な性格をしています。


ほかの攻略対象者はどうかというと――


イリアスはあの性格ですし、カレンが婚約者だと広まった時点で、チョコを渡す強者はそうそういない感じです。もし机に一二個入ってたとしても、帰りに馭者に「ほしいか?」と言ってあげてそう。

ユーリウスもカレン以外の人間には基本素っ気ない(ユーリウスの優しさでもあります。変な期待を抱かせないための)ので、やはりその手の勇者はなかなか現れません。もし机に一二個入ってたとしても、執事長に渡して「処分しといて」って言ってそう。処分の仕方は執事長に一任されたことでしょう。捨てられたのか、はたまた普段頑張っているメイドに執事長があげたのか、行く末は如何に。

ラインハルトはというとショコラブデーの日は数学準備室をきちんと施錠して、チョコを置かれないように対策をしてます。もちろん直接渡してくる子は断ってます。

フェリクスは女の子には愛想がいいので、エーリックの次に貰ってそうですが、直接渡してくる子はもちろんお断り(やはり例年より十分の一くらい)。密かに机に入っていたチョコは、アルがほしかったらあげ、残りはやはり使用人にあげたでしょうね。

 

ちなみにチョコをあげてくる子はほとんど玉砕覚悟です。(フラレてすっきりして次にいきたい感じです。自分のなかでなかなか思うように消化できないのが恋心というものです)


以上、カレンの知らない秘話でした。



明日は、バルタザールです!

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