第7話 レッサーワイバーンを解体する
数日後、昼のピークを過ぎた店内には、近所の住民だけでなくチラホラと冒険者の姿が混じり始めていた。
「ごちそうさま、親父さん!」
「おう、ありがとよ」
昼のピークを過ぎても、カウンターには何人か客が残っている。最近は「この店、うまいぞ」と誰かに教えてもらって来た、という客も増えてきた。冒険者だろうと職人だろうと腹は減る。俺にとっては、注文を受けて料理を出す相手という点では何も変わりない。
そんな折、大きな背のうを担いだ三人の冒険者がガラガラと戸を開けた。三人とも肩を落とし、カウンターの端に腰を下ろした。
「親父さん、冷たい水と適当に火の通ったものをくれ……」
「あいよ」
お冷やと残り物の野菜炒めをサッと出すと、彼らはかぶりつくように平らげた。
「……生き返った」
一人が腹をさすりながら、ふぅと息を吐く。
「助かった……ギルドの解体場がごった返しててさ。レッサーワイバーンを仕留めたまではよかったんだが、解体待ちで半日潰れそうだったんだよ」
「レッサーワイバーンか。大物だな」
「ああ、皮も硬ぇし骨も太い。ギルドで解体してもらわなきゃ肉も持ち帰れねぇからな……なぁ親父さん、食える部位だけでいいんだが、ここで解体してもらうなんてのは無理だよな? 料理人なら肉の切り出し目当てで、多少扱えたりしないか?」
仲間が「おい、無理を言うな」と嗜めたが、俺は少し考えてから包丁立てに視線を遣った。
「食べる分だけでいいなら、俺が捌こうか? ちょうど裏の作業場が空いてる」
三人が顔を見合わせた。
「いや、無理ならいいんだぞ? レッサーワイバーンだぞ。普通の包丁じゃ刃が通らねぇし、皮を削ぐだけでも一苦労だ」
「大丈夫だろ。肉を切るだけなら、いつもやってることだ」
俺があっさり答えると、三人は顔を見合わせた。
「……まあ、親父さんがそう言うなら」
半信半疑のまま、三人は獲物を裏の作業スペースへ運び込んだ。
横たわるレッサーワイバーンの巨体。硬質な鱗に覆われ、太い筋線が走っている。
「解体道具ならギルドで借りてくるか?」
「いらねえよ」
俺はいつもの三徳包丁を一本、包丁立てから抜いた。
魔物の身体を一目見る。
どこに関節があるか。筋はどこを走っているか。
目で追っていけば、刃を入れる場所は自然と決まった。
(ふむ、皮の繋ぎ目はここだな)
力を込めず、鱗の隙間へ刃を滑らせる。
すっ。
硬い皮が、刃先に沿ってするりと開いた。
「……え?」
冒険者の一人が奇妙な声を漏らした。
俺は構わず作業を続ける。翼の付け根へ刃先を向け、関節の隙間へ滑り込ませた。
コッ、と軽い手応えが返ってきた。
靭帯を切ると、巨大な翼が外れる。骨を避ければ、それで済む。
すっ、すっ、すっ。
刃を入れるたび、赤身、バラ肉、スジと、部位ごとに肉が外れていく。
骨に残った肉もほとんどない。切り口は均一で、余計な筋も残っていなかった。
作それから数分後。
最後の肉を切り離した。
「よし、こんなもんでいいか?」
包丁を拭いながら振り返ると、三人の冒険者は口を大きく開けたまま、しばらく石のように固まっていた。
「……は?」
「お、おい……嘘だろ……?」
「俺たちがギルドで立ち会ったら、半日仕事の解体だぞ……? なんで数分で、しかもそんな綺麗な部位分けが……!?」
頭を抱えて慄く彼らに、俺は首を傾げた。
「そうかい? 肉を無駄にしないように構造に合わせて切っただけだぞ。三十年も包丁を扱っていりゃ、これくらい誰でもできるさ」
「できるわけねえだろ!! どんな手品使ったんだよ!?」
心底恐ろしいものでも見るような目の冒険者たちを余所に、俺は切り分けたばかりの肉を一切れ手に取った。
「せっかくだ、少し食っていくかい? 新鮮なうちに焼けば美味いぞ」
「え……あ、ああ。頼む……」
困惑を隠せない彼らを客席へ戻し、俺は厨房へ入った。
フライパンを熱し、塩と黒胡椒を振ったワイバーン肉を滑り込ませる。ジュゥッという激しい音と共に、香ばしい煙が立ち上る。
「お待たせ。シンプルな塩焼きだ」
「うわ、いい匂い……」
おずおずとフォークを伸ばし、肉を口に運ぶ冒険者たち。
「……美味い」
さっきまで強張っていた顔から、力が抜けていった。
「ああ、身が締まってるのに柔らかいぞ。普通に食えるな」
「新鮮な肉だからな」
三人は顔を見合わせた。
「……まあ、いいか」
それ以上は何も聞かず、皿の肉を食べ始めた。
「ごちそうさま! 親父……あんた、ただの料理人じゃないな」
立ち上がり、代金を払いながらリーダー格の冒険者が言った。
「次にまた大物を仕留めたら、ここに持ち込んでもいいか? 勿論、解体賃も払う」
「食える肉なら、いつでも持ってこい。新鮮な食材が手に入るなら、こっちとしてもありがたいからな」
「助かるよ!」
満足そうに店を出ていく冒険者たちの後ろ姿を見送りながら、俺は次の仕込みに取りかかった。




