第6話 初めての行列
昼前、俺の小さな食堂は、いつもより少し早く人の気配で満ち始めていた。
ガラガラと引き戸が開く。
「親父、開いてるか?」
入ってきたのは、あの若い冒険者だ。
「おう、いらっしゃい。今日は一人かい?」
「ああ、午前中の依頼が早く終わってさ。腹が減ってたまらん。……親父、今日はオーク肉あるか?」
俺は作業台の包丁を手に取り、少しだけ口元を緩めた。
「今日はいいオーク肉入ってますよ」
若い冒険者の顔がパーッと明るくなった。
「よしっ、それだ! それを頼む!」
「あいよ」
背肉をまな板に載せ、包丁を滑らせる。厚みを揃えて切った肉を熱した鉄板に落とすと、ジュゥゥッと脂の弾ける音がした。
表面に焼き色がついたところで火を弱め、肉を返す。最後に塩コショウとニンニクを振れば、焼き上がりだ。
鉄板から立ち上る匂いに、ガラガラと引き戸が続けて開いた。
「ガルドさん、また連れてきたぞ! 今日はオーク肉の気分でな」
「ここか? オーク肉がめちゃくちゃ美味いって評判の店は」
「おう、近所で噂になっててさ。オーク肉なのに柔らかくて臭みがねえって」
野菜売りの商人と、その連れの住人たちだ。
「いらっしゃい。空いてる席へどうぞ」
カウンター数席と小さなテーブルがふたつ。空いていた席は、次々と埋まっていった。
俺は肉を切り、焼き、盛り付けていく。注文が入るたび、包丁と鉄板を行き来した。
「お待たせ。オーク肉の鉄板焼きだ」
「うおっ、やっぱりこれだよ! いただきます!」
若い冒険者が夢中で肉を頬張る。
それを見ながら、後から来た客たちも肉を口に運んだ。
「……う、美味い! これ、本当にオーク肉か!?」
「柔らかくて肉汁が溢れてくるぞ……!」
「ありがとよ」
「次、オーク肉ひとつ!」
「あいよ」
料理の合間、ふと店内を見渡した。
若い冒険者は、今や「親父、いつもの頼む」と言って入ってくるようになった。野菜売りの商人は買い出しの帰りに必ず立ち寄り、近所の木こりや住人たちが「ここ、最近評判なんだよ」と口々に言いながら暖簾をくぐってくる。
工房にいた頃は、包丁を打って、納品して、それで終わりだった。
その包丁を誰が使っているのか。使った人間がどんな顔をするのか。俺が知る機会はほとんどなかった。
包丁についた脂を拭き取り、俺は客席を見た。
掃除をして、料理を作り、客と話す。
「美味かったよ、親父さん」と笑顔で言われ、代金を受け取る。
(……悪くないな)
あの工房に残っていたら、こうして客の顔を見ながら飯を作ることもなかっただろう。
(……そう考えると、追い出されたのも悪くなかったか)
工房を追い出されたことを、今さら悔やむ気にはならなかった。
客の「美味かったよ」という一言を聞くたび、ここに来てよかったと思える。
そこへ、ガラガラと戸が開いた。
「いらっしゃい……あ」
入ってきた客が、店内を見回して足を止めた。
カウンターもテーブルも空席はない。
「ありゃ、満席か。外で待たせてもらうよ、親父さん」
「すまないね、少し待っててくれ」
俺が声をかけると、客は笑顔で首を振って外へ出た。
注文をこなしていると、今度は外から話し声が聞こえてきた。
「ここ、噂の店か?」
「ああ、だが今満席みたいだ。俺たちも待つか」
「オーク肉が美味いんだろ? じゃあ並ぶ価値はあるな」
手元を止めず、チラリと店の外へ視線をやった。
小さな暖簾の向こう、路地に客が並んでいる。
一人が店を出る。
すると、先頭で待っていた客が「やった」と声を上げて店へ入ってきた。
その後ろには、また別の客が並んでいる。
俺の店の前に、小さな行列ができていた。
肉を皿に盛り付けながら、ポツリと呟いた。
「……行列、か」
俺は並んでいる客をもう一度見た。
「ありがたいな」




