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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第1章 追放された包丁職人

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第5話 一方その頃、元工房では

 ガルドが工房を去って数日。

 鍛冶場には、以前と変わらず鎚の音が響いていた。


 カン、カン、カンッ。


 力強い鎚の音が室内に満ち、炭の爆ぜる匂いが漂う。


 ガルドがいなくなってから数日が過ぎていた。


「よし……いい上がりだ」


 熱を帯びた長剣の刀身を水槽へ沈め、ジュゥゥッという激しい水蒸気と共にレオンは息を吐いた。


 炉の火力は申し分ない。積まれた鋼も上物だ。

 ガルドがいなくなってから、道具の配置も変えた。鎚も研ぎ石も、使いやすい場所に並べてある。


「これで俺の工房だ」


 ふっと唇の端を上げ、レオンは黒く汚れた額の汗を拭った。


 武器鍛冶こそ鍛冶師の花形だ。騎士や冒険者が使う剣を打ってこそ、鍛冶師として一人前。台所で野菜を切るだけの包丁なんて、鍛冶の片手間に作るものだ。


 包丁しか作れないような老いぼれがいなくなったところで、工房の仕事に支障はない。

 むしろ、これで武器作りに集中できる。


 レオンは満足そうに口元を緩め、帳簿の開かれた作業台へと向かった。


 だが、帳簿をめくるレオンの指が、あるページでふと止まった。


 武器や防具の注文はいつも通り入っている。だが、店頭での売り上げ……特に包丁や調理道具の部門の数値が、ここ数日で明らかに落ち込んでいた。


「……ふん、まあこんなもんだろ」


 レオンは気にも留めずに帳簿を閉じた。


 もともとガルドが目当ての近所の主婦や料理人が買っていった少額の売り上げだ。一本の長剣を納品すれば、包丁十本分以上の利益になる。包丁の売り上げが少々落ちたところで、工房の経営には痛くも痒くもない。


「武器の注文が増えりゃ、何の問題もねえよ」


 自分に言い聞かせるように呟いたその時、ガラガラと工房の引き戸が開いた。


 入ってきたのは、近所で小さな木こり小屋と食堂を営んでいる古い客の男だった。


「いらっしゃい。剣の研ぎ出しかい?」

「いや、包丁を新調したくてな。以前、ガルドさんに作ってもらった包丁の切れ味が落ちてきたんだ。また同じものを一本頼みたい」

「ガルドに作ってもらった……?」


 レオンの手が止まった。だが、すぐに作業台へ目を戻す。


「なんだ、そんなことか。ガルドはもうここにはいねえよ。だが安心しな、俺が作ってやる」

「あんたが? ガルドさんと同じものが作れるのか?」

「当たり前だろ。包丁なんて叩いて伸ばして研ぐだけだ。刀を打てる俺に作れねえわけがねえ」


 レオンは客を奥へと返し、すぐに炉へ向かった。


 鋼を切り出し、炉の火にくべる。


 真っ赤に熱した鋼を金床に載せ、鎚を振り下ろす。トントンとテンポよく叩き、形を整えていく。


 レオンの鎚さばきに無駄はない。鋼が赤いうちに形を整え、焼き入れの温度も外さない。研ぎ石に刃を当てる手つきにも迷いはなかった。


 しばらくして、一振りの三徳包丁が完成した。


「ほらよ、完成だ。ガルドの打ってた安物より、よっぽどいい鋼を使ってる」

「おお、仕事が早いな」


 客は包丁を受け取ると、作業台の脇にあったカブへ刃を当てた。


 サクッ。


「……うん、よく切れる」


 客は頷いたが、どこか首をひねっていた。もう一度カブに刃を当て、手元をじっと見つめる。


「……前の包丁とは、なんか違うな」


 その言葉に、レオンの眉がぴくりと動いた。


「何が違うってんだ? ちゃんと切れてるだろ」

「ああ、切れる。切れるんだが……前のやつは、もっとこう、力を入れなくても吸い込まれるように切れたんだよ。手に伝わる重みというか、刃の離れ具合が違ったんだ」

「そんなの気のせいだろ」


 レオンは吐き捨てるように言った。


「ガルドの包丁を長年使い込んで手になじんでただけだ。新品の刃になれば感覚が変わるのは当たり前だろ」


「……そうかい。まあ、使ってみるよ」


 客は少し不満そうな顔をしながらも、代金を払って帰っていった。


 取り残されたレオンは、作業台に残されたカブの切れ端を睨みつけた。


「チッ……老いぼれの包丁に慣れすぎなんだよ」


 レオンは余った鋼を炉へ放り込んだ。


「……もう一度だ。俺の包丁が、あんな老いぼれの包丁に負けるわけがねえ」


 今度は鋼の焼き入れ温度を少し下げ、刃線の角度を微細に調整してみる。研ぎの工程でも、研ぎ石の目を細かく変えて念入りに刃を付けた。


 カブを引き寄せ、完成した二本目の包丁を振り下ろす。


 スッ。


 見事に二つに割れた。十分に切れ味の良い包丁だ。市場で並んでいるどの包丁よりも綺麗に切れている。


 だが、レオンはカブの切断面をじっと見つめた。


 切断面を指でなぞる。

 わずかに、引っかかる。

 普通の人間なら気づきもしない程度の違いだった。


「……なんなんだよ」


 レオンは奥歯を嚙み締めた。


「包丁なんて簡単だ……! 刀を打てる俺に、作れないわけがないんだ……! 三十年だろうが何だろうが……包丁は包丁だ」


 レオンは刃を見つめた。

 特別な鋼を使っているわけじゃない。魔法が込められている様子もない。

 なのに、切れ味だけが届かない。


 レオンはもう一度包丁を持ち上げ、残った大根を刻んだ。


 トトトトッ。


 刃は通る。軽やかに切れる。


 研ぎ角を変える。焼き入れを変える。刃の厚みも調整する。

 それでも、刃はわずかに食材へ引っかかった。

 ガルドの包丁にあった、あの抵抗のなさだけが出ない。


 切り終えた大根の山を前に、レオンは鎚を握ったまま動けなかった。


 炉の炎がチリチリと音を立てて爆ぜる。


「……なんで、同じように切れない?」

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