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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第1章 追放された包丁職人

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第4話 料理より包丁を見ている客がいる

『ガルドの食堂』を開業して数日が過ぎた。


 昼過ぎのピークを終え、俺は手ぬぐいでカウンターを拭き上げていた。


「ごちそうさん、ガルドさん! 今日も美味かったよ」

「おう、またおいで」


 市場の野菜売りの商人が、近所の知人を連れて出ていく。入れ替わりに、先日来た若い冒険者が仲間を引き連れて暖簾をくぐってきた。


「親父さん、空いてるか? こいつらにもオーク肉のステーキ食わせたくてさ!」

「あいよ。奥のテーブルを使ってくれ」


 店内にはカウンターが数席と、小さなテーブルがふたつ。一時は席が埋まり、断らざるを得ない時間帯も出てきた。大繁盛とまではいかないが、一度来てくれた客が別の誰かを連れて再訪してくれる。毎日食べに来てくれる人間がいるのは、素直にありがたかった。


 そんなガルドの食堂に、一人の客が入ってきた。


 年配の男だ。着古した革のエプロンを付け、両手には硬く分厚いタコがある。ひと目で職人、それも金属を扱う仕事をしている人間だと分かった。


「いらっしゃい。空いてるカウンターへどうぞ」


 男は黙ってうなずき、カウンターの端に腰を下ろした。


「……表の看板にあった、オーク肉の炒め物を頼む」

「はいよ。すぐに作るから待っててくれ」


 俺は作業台に置いたオークの背肉に手を伸ばし、壁の包丁立てから三徳包丁を抜き取った。


 男は運ばれてきた炒め物を口に運んだ。


 一口噛むと、手が一瞬止まった。だが、何も言わず、そのまま黙々とフォークを動かしていく。


「……うまいな。肉の筋っぽさがまるでねえ」

「ありがとよ。肉の繊維に合わせて包丁を入れてるからな」


 お冷やを出しながら答えると、男の視線が作業台の上に置かれた三徳包丁へ向いた。


 周りの客が料理を囲んで談笑する中、男だけは食事の合間に作業台へ目を向けていた。俺が肉を切るたび、その視線が包丁を追っている。


 スッ……。


 俺がオーク肉の筋を軽く削ぎ落とした瞬間、男のフォークがピタリと止まった。


 まな板を叩く音もほとんどしない。刃が肉を通るたび、男の視線がその動きを追っていた。


 やがて皿を空にした男は、口を拭うと、低い声で俺に声をかけてきた。


「……親父さん。ちょっと、その包丁を見せてもらってもいいか?」

「ん? 包丁かい?」


 客からそんな要望をされたのは初めてだったが、減るものでもない。拭き上げた三徳包丁の柄を持ち、刃先を自分に向けて男の前に置いた。


 男は包丁の柄へ手を伸ばした。指先が触れると、一度だけ動きを止め、それから慎重に握り直す。


 指先で重量バランスを確かめ、光に刃先をかざす。しばらく無言で刃を眺めていた。


「……見事な仕立てだ。歪みが一切ねえ。刃線の研ぎ角も寸分たがわず均一だ……これ、どこの鍛冶師が作った?」

「俺だよ」


 俺がさらりと答えると、男の手が止まった。


「……あんたが?」

「ああ。俺は包丁職人だからな。自分の使う道具くらい、自分で打つさ」


 男は俺の顔を見たまま、しばらく動かなかった。やがて、困ったように眉を寄せる。


「いや……悪いが、ちょっと信じられないな。俺も鍛冶屋を長くやってるが……こんな完璧な仕込みの刃を、食堂の親父が打ったなんてな」

「そうかい? 包丁職人が包丁を作るのは普通だと思うんだが」

「普通、の域を超えてるんだよ……」


 男は眉間にシワを寄せ、包丁と俺の顔を何度も見比べた。最後には、掌の中の刃へ視線を落とす。


「……親父さん。ちょっと、これを使ってみてもいいか?」

「ああ、構わないよ。そこにカブと大根があるから、好きに切ってみな」


 男は頷き、作業台の脇にあったカブを手にとった。


「失礼するぞ」


 包丁を構え、カブに刃を当てる。


 ト、と軽く力を込めた。


 包丁を持つ手が止まった。


「……!?」


 刃先がカブの皮に触れたと思った次の瞬間、何の抵抗もなくまな板まで達していた。刃を押し込む感覚すらない。空気を切ったかのように、カブが二つに分かれて転がった。


「な……んだ……これ……」


 男は震える手で切り分けられたカブを拾い上げた。


 切断面は水分を弾き、鏡のように滑らかに光っている。細胞が押し潰された跡が一切ない。


「嘘だろ……力をほとんど入れてねえぞ? 滑っただけだぞ?」


 今度は大根を引き寄せ、連続で刃を滑らせる。


 トトトトトッ。


 刃が素直に通り、寸分違わぬ厚みの千切りがまな板の上に積み上がっていく。


 男は包丁をまな板に置き、自分の両手を見つめた。


「刃が……吸い込まれる……? なんだこのバランスは……どんな研ぎ方をしたら、刃が抵抗を感じさせずに通り抜けるんだ……!?」


 俺は切ったカブを一切れつまみ、首を傾げた。


「そんなに変か? 刃物を正しく叩いて、正しく研げばそうなるだろ。包丁なんだから、よく切れて当たり前じゃないかい」

「変どころの騒ぎじゃねえよ!」


 男は額に汗を浮かべ、興奮気味に声を張り上げた。


「俺は王都の工房で三十年叩いてる鍛冶師だ。切れ味の良い刀も剣も、腐るほど見てきた。だが……こんな感覚は初めてだ」


 男は包丁を見つめたまま、眉間に深い皺を刻む。


「……なんでだ? どうして、こんなに抵抗がない……?」


「どうしてって言われてもな……」


 俺は包丁を眺めた。

 刃を正しく作って、正しく研ぐ。それだけのことだ。


 男は何も言わず、手元の包丁を見つめていた。

 何度見ても、そこにあるのは一本の三徳包丁だ。


 男はしばらく刃を見つめ、絞り出すように呟いた。


「この刃……普通の包丁じゃないぞ」

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