第69話 青き炎の聖剣
セシリアは馬から跳び降り、落ちてくる巨腕の肘関節に向かって片刃剣を振り下ろした。
ズザンッ!!
その剛腕が断ち切られ、ゴーワンの眼前で血しぶきが爆ぜる。
落馬したゴーワンは泥の中を転がって距離を取り、セシリアを見た。
「王女……殿下っ!?」
「立ちなさい、ゴーワン! 追撃が来ます!」
駆け込んできた数名の騎士が、倒れ込むゴーワンの身体を支え、後方へ引き戻した。手首の痛みに顔をしかめるゴーワンは自力で立つことすらままならなかった。
セシリアは片刃剣を正眼に構え、オークロードと対峙した。傷口から溢れ出た黒い靄は、切断された右腕の肉片を瞬く間に引き戻し、何事もなかったかのように繋ぎ合わせていく。
「ここからは、私が相手よ」
セシリアは地を蹴った。
軽やかな歩法。巨腕が叩きつけられるよりも早く、敵の脇へ滑り込む。
オークロードの側腹へ刃が食い込んだ。
ザシュッ――!
鮮血が舞い、深い切創が刻まれる。そのまま刃を引き抜き、返し刀で太ももの肉を削ぎ落とした。
グオォォォオオンッ!
咆哮とともに傷口から吹く黒い靄が、削ぎ落とされた肉を吸い寄せ、塞いでいく。
「やっぱり、効かないわね」
オークロードが不意に身体をひねった。
その紅蓮に燃える眼光が向けられたのは、後方でゴーワンを担ぎ、離れようとしている騎士たちだった。
「危なっ――」
セシリアは咄嗟に腰の小瓶へ手を伸ばした。
研究者から託された特殊な燃料。魔鉱石の魔力と反応して高温の炎を発するという。
この炎ならオークロードの厄介な再生を止められるかもしれない。
研究者の言葉が脳裏をよぎる。
だが、炎は剣そのものを壊してしまうかもしれない。
この剣はガルドが自分のためだけに打ってくれた、大切な一振り。
小瓶を握る指先が震えた。
眼前では、巨腕が騎士たちへ振り下ろされようとしている。
「……ごめんなさい、ガルドさん」
セシリアは苦悶の表情で小瓶の栓を引き抜いた。
走りながら、片刃剣の刀身へ蒼白い液体を振りかける。
キィィィィン!!
液体が魔鉱石の刃に触れた瞬間、耳を刺す甲高い音が鳴り、剣が震えた。
刀身の表面に青い光が走り、眩いばかりの蒼き焔が刃を包んだ。
熱気がセシリアの頬を焼く。手元に伝わる激しい振動。
彼女は柄を握り直し、足裏で地面を強く蹴った。
「私が相手と言っているでしょう!!」
セシリアは巨腕の軌道へ割り込み、蒼い炎をまとった片刃剣を振り抜いた。
ズバァァァンッ!!
巨腕が宙を舞った。
切断された断面を蒼白い光が焼き焦がしていく。
ジジッと音を立てて肉が黒く炭化していた。
傷口はもう塞がらない。
グガアアアアアアアッ!?
オークロードが悲鳴を上げ、のたうち回った。
その身体にまとわりついた炎を消そうと巨体を地面へ叩きつける。
だが、炎は衰えるどころかさらに燃え広がった。
「これなら……行ける!」
セシリアは追い打ちをかけるように斬撃を重ねた。
炎の軌跡が宙を舞う。
脚を焼き切り、胴へ蒼き刃を突き立て、引き抜く。
斬るたびに青い炎が傷口へ飛び移り、黒い靄を焼き散らしていく。
オークロードが大きく体勢を崩し、膝をついた。
「これで……終わりよ!」
セシリアは全体重を刃へ乗せて、剥き出しになった首筋へと青き刃を叩き込んだ。
バシャ。
切り落とされたオークロードの頭が地面に落下し、黒い水飛沫を上げる。
全身を覆っていた黒い靄は霧散していく。
巨体が再び動き出す気配はない。
細切れにされた肉片もこと切れたように泥の中へ沈んでいく。
パチパチと肉を焼く炎の音だけが樹海に響いていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
セシリアは胸を手で押さえながら、手元の剣へと視線を落とした。
刀身を包んでいた青い炎がすうっと消えていく。
ピキッ……。
乾いた音が響いた。
刀身全体に細かな亀裂が広がり、ぽろぽろと刃が欠けていく。
「そんなっ」
砕け落ちる刃の破片をかき集めるようにセシリアは泥に這いつくばった。
「そんな……そんなっ」
破片はセシリアの手を離れ、泥の中へ吸い込まれていく。
「私の剣……」
手元には柄だけが残されていた。
ガルドが、自分のためだけに打ってくれた世界に一振りだけの剣。
その美しかった刀身はもうどこにもない。
セシリアは膝をつき、手元に残った柄を両手で包み込むと、額へと押し当てた。
「……ガルドさん。あなたの作ってくれた剣で……大切なものを、守れました」




