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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第8章 オークの異変

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第68話 命懸けの時間稼ぎ

 ぬかるみに足を取られた男の頭上へ、オークロードの巨腕が振り下ろされようとしていた。


 バチャッ――バチャ!!


 黒い水飛沫を上げて、蹄の音が近づいてくる。


「伏せろっ!!」


 張り詰めた叫び声と共に、一頭の馬が斜め前から躍り出た。跨がるはゴーワン。

 振り下ろされるオークロードの巨腕の肘へと刃を撃ち込む。


 ズザンッ!!


 刃が硬い肉を割り、肘の奥まで食い込む。その衝撃で巨腕の軌道がわずかに右へ逸れた。


 ドシーンッ!!


 巨拳はそのまま地面へと激突し、大地を揺らす。


「立てるか!」

「ゴ、ゴーワン……っ!?」


 ゴーワンは馬上で手綱をしごき、オークロードの追撃を牽制しながら、足元の男へ叫んだ。


「ここは俺に任せろ! 仲間を連れて今すぐ逃げるんだ!」


 男が泥まみれになりながら立ち上がり、腰を抜かしていた仲間たちのもとへ駆け寄る。


 その後ろでオークロードの右腕から、黒い靄が溢れ出していた。

 斬り裂かれた肉が蠢き、ばらけた肉片が傷口へ吸い寄せられていく。塞がった傷からは、もう血すら流れていなかった。


 ゴーワンはオークロードへ剣先を向けたまま声を張り上げた。


「行け! 早く行け!」


 手綱を引き、オークロードの脚元をすれ違いざまに切り払う。

 先頭の冒険者が振り返り、泥に塗れた顔で叫び返した。


「ゴーワン! お前はどうするんだ!?」

「俺が引きつける! お前たちはその間に逃げろ!」


「だからってよ――!」

「迷うな! 早くいけって言ってんだろうが!」


 ゴーワンの咆哮に押されるように、冒険者たちは負傷者をかかえ、足場の悪い樹海の出口へと必死に走り出した。


 ゴーワンは馬を走らせ、オークロードの巨腕を紙一重でかわしながら直剣を振るった。

 胴体、足首、巨腕。刃を当てるたびに肉が跳ね飛び、鮮血が舞う。

 だが、傷は即座に黒い靄で塞がり、動きに大きな衰えは見られない。


 幾度も円を描いて駆け回るうち、馬の息遣いが荒くなり、足取りにわずかな重さが混じり始めた。


 ドガァンッ!!


 オークロードの巨腕が馬のすぐ脇の地面を砕く。跳ね上がった岩石が馬の脇腹を撃ち、大きく体勢が崩れる。


「ぬうっ……!」


 ゴーワンは振り落とされまいと咄嗟に馬にしがみついた。

 揺れる馬上から、逃げていた冒険者たちの最後の背中が薄暗い木々の陰へと消えていくのが見えた。


「まだだ、もう少し頑張ってくれよ……相棒」


 ゴーワンが手綱を握りなおし、馬に身を預けるように前傾した。

 馬は泥を蹴り、重い脚に力を込めて再び駆け出した。


 ◇


 樹海前哨基地。


 息も絶え絶えに逃げ戻ってきた冒険者たちが、騎士たちへ縋り付くように状況を訴えていた。


「だめだ……あの怪物には剣が効かねえ! 斬っても斬ってもすぐに元通りになりやがる!」

「それだけじゃねえ! ゴーワンが……俺たちを逃がすために、一人で残ってくれてるんだ!」


 騎士たちの表情が険しくなる。


「救出が済んだなら、もう戻ってきてもいい頃だが……」


 不安そうに呟く騎士に、泥まみれの冒険者が身を乗り出して叫んだ。


「ゴーワンの馬なら、もうとっくに着いてるはずなんだ! 戻ってこないってことは、足止めを喰らって動けなくなってるんだよ!」


 馬の脚力を考えれば、とっくに帰還していなければおかしい。


「隊を組み直す! 救出部隊を編成――」

「救出には、私が向かうわ」


 凛とした声に騎士たちが振り返った。

 声の主はセシリア。

 顔色を取り戻した彼女の腰には、ガルドの手によって鍛えられた片刃剣が差されている。


「殿下!? いけません、昨日倒れられたばかりです! それに前線の混乱はまだ……」

「身体はもう動きます。それに、国が危機にあるというのに、私が動かないで誰が動くというのです」


 騎士たちはなおも食い下がった。


「ですが、殿下の剣でさえ、昨日の戦いでは折れてしまったのです! あの怪物の前では――」

「彼が命を懸けて時間を稼いでいるのよ」


 セシリアは騎士たちの言葉を遮り、腰の片刃剣の柄にそっと手を添えた。


「今度は、私たちが助ける番です。……全軍、出撃の準備を。王女セシリアの名において命じます」

「……はっ!」


 出撃の準備が整いかけたとき、研究者がセシリアのもとへ駆け込んできた。

 その手には、かすかに蒼く光る液体が入った小瓶が握られている。


「セシリア殿下、これをお持ちください!」

「それは……?」


「魔鉱石の魔力と反応して高温の炎を発する特殊な燃料です。黒い靄が傷口を塞ぐ前にこの炎で焼き切れれば、あの再生を妨げられる可能性があります」


 研究者は手短に説明を終えると、小瓶をセシリアへ託した。


「ただし、液体の量はこれだけです。無駄にはできません……ご武運を!」

「感謝するわ」


 セシリアは小瓶をしっかりと受け取って懐へ収め、馬に跨がった。


「行くわよ!」


 ◇


 紫色に変色した異様な樹木が立ち並ぶ樹海の奥。


 疲労した馬の脚が泥に取られ、ゴーワンに向かってオークロードの巨拳が振り下ろされようとしていた。


 樹海の闇を破り、一筋の声が響く。


「ゴーワン、伏せなさい!!」

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