第67話 反撃の狼煙
ガルドが鍛冶場を去ってからも、魔鉱石を叩く音は途絶えなかった。
「なあ、この場合はどうするんだったか」
壊れた片刃剣を片手に、中年鍛冶師が若い鍛冶師に問いかける。
若い鍛冶師は手帳をぱらぱらとめくりながら、刀身の傷みを確かめた。
「ふむ……使用者は騎士ですね。この切先が押しつぶされたような歪み、それに背側のかすり傷……これは両刃の剣を型に作った方がよさそうです」
「だな、それと柄を長く改造した跡もあるな。次打つやつはもう少し長めに作るか」
中年鍛冶師は火床から魔鉱石を取り出すと、壁の設計図へは目もくれず、槌を打ち始めた。
「おーい次はこっちも頼む」
別の鍛冶師が完成したばかりの剣を掲げて手を振っている。
「はいはーい。名前は何でしたっけ」
「ゴーワンって冒険者だ」
若い鍛冶師は布に墨でゴーワンと記すと、剣を包んで鍛冶場の外へ持って行った。
廊下には名前の記された布包みが整然と並んでいる。
どれも鍛冶師たちが使用者の癖と壊れ方を見極めて打ち直した、ただ一人のための一本。
「ご苦労さん。預かるよ」
布包みをいくつも束ねて担いだ冒険者が若い鍛冶師に声をかけた。
「ありがとうございます。これ、お願いしますね」
「お! おれの剣じゃねーか、早くて助かるぜ」
冒険者は布包みを背負い直すと、夜明け前の廊下を足早に去っていった。
◇
王都近郊・樹海。
感染オーク対策の最前線ではかがり火が夜風に揺らめいていた。
「オーク共の猛攻は日が昇れば鈍くなる! 今が踏ん張りどころだ!」
「王女殿下がおられない今が正念場だ! 何としても防衛線を死守するぞ!」
騎士と冒険者たちが囲む机の上には、黒い丸と赤いバツ印で埋め尽くされた樹海の地図が広げられていた。
そこへ、早馬で駆けてくる冒険者が一人。
「おーい」
「早かったじゃないかゴーワン」
「はは、俺の相棒は脚が早いのが自慢だからな。それで、今はどんな状況だ?」
「相変わらず防戦一方だ。新しい武器が届いた奴らはどうにか戦えてるが、残った俺らはこのありさまだ」
前線指揮を執る男は両手を広げ、ため息をついた。
「ははっそんなお前らに朗報だ」
ゴーワンは背負っていた布包みをドカンと机の上に下ろした。
「待ちきれなくてお前らの分まで持ってきたよ。ほらよ。こっちはあんた、これは騎士さんの分だ」
「おう、そいつは助かる」
「かたじけない」
ゴーワンはガハハハッと豪快に笑って見せた。
「はは、俺もこいつをすぐに試してみたくてな。見ろよ、俺の名前が書いてあるぜ」
ゴーワンは布包みをほどいて中から片刃の直剣を取り出した。
「こいつはいい、変に曲がってないから突きも素直に入る。それに不思議と手になじむ。どれさっそくオーク共を追い返してくるぞ」
ゴーワンは意気揚々と陣幕の外へ走り出していった。
残された冒険者たちは顔を見合わせて、自分たちの名前が記された布包みを開いた。
「俺たちも負けてられないな」
◇
東の空が白みを帯び、オークの猛攻が弱まり始めたころ。
樹海の地図を囲んで冒険者と騎士たちが話し合っていた。
「新しい武器も入ってきて、今はオークの勢いも弱まっている。今、本体へ攻めるときじゃないか?」
「オークロードか……」
騎士の隊長が机を叩いた。
「殿下でも敵わなかった相手だぞ! 不用意に刺激すべきではない。幸い今は動く気配もない。周辺のオーク処理を優先したほうが良かろう」
冒険者のリーダー格が身を乗り出して反論した。
「だからって今ほどの好機を見逃すってのか、今はオーク共の守りも薄い。絶好の攻め時だろうが」
「お前たちも見ただろう! 殿下の持たれる剣がかのオークロードにへし折られたことを」
冒険者が丸椅子にどかりと座ると腰に携えた片刃剣を持ち上げた。
「ああ、見たさ。だが、今の俺たちにはこれがある。この剣があればオークロードにも一矢報いれるだろう」
「待ってください」
声を上げたのは王宮古式鍛冶研究室の研究者。
「貴殿らはオークロードを……魔王の脅威を分かっておられません」
「魔王つったってあの黒い靄を出してる親玉を倒せばいいだけだろ? 俺はおとぎ話には詳しくねぇが生きてる以上攻撃を加えてりゃいつかは倒れるだろ」
「ですからただ倒すだけでは――」
冒険者が机をドンと叩き、研究者の言葉を遮った。
「うるせえ。せっかく向こうの守りが薄くなったんだ。ここで手柄を立てなきゃ、いつまで経っても防戦一方だろうが! おい、お前ら行くぞ。こいつらの話を聞いても時間の無駄だ」
「お、おう」
「あ、待ってくださいって」
研究者の声は虚しく空に響いた。
◇
樹海の奥。
木々は紫色に変色し、異臭が鼻を突く。
日の光の届かない地面は粘り気のある黒い液体に覆われている。
ぬちゃぬちゃと足音を鳴らしながら奥地へ進む冒険者一行。
「全く、あいつらに手柄を横取りされるところだったぜ」
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「バカか、お前もみただろう。この剣の切れ味を! オークロードがなんだ。切り伏せてやるよ」
「そうはいってもだな」
オオオオォォォン。
時折、樹海の奥から響くオークロードの咆哮。
木々を揺らし、粘り気のある地面を波打たせる。
「な、なにビビってんだよ。行くぞお前ら。俺たちにはこの剣があるんだ。オークロードの首持って騎士たちに一泡吹かせてやるぞ」
威勢を上げる冒険者の足は震えていた。
だが、歩みを止めることはない。
やがて開けた場所についた。
鳥のさえずる音も聞こえない。
ただ、びちゃびちゃと木の葉からドス黒い粘液がしたたり落ちる音だけが響く。
何本も折れた剣が突き刺さり、血みどろの地面をその刃に写している。
奥には死骸を積み重ねた山の上に座り、オークの死骸を貪る黒い靄をまとった巨体。
オークロード。
冒険者たちの侵入に気付いたのか、怪物は半腐れの肉を喰らう手を止め、重い腰を上げた。
「おおお、俺やっぱり無理だ」
腰を抜かした冒険者が尻もちをつき、這いずったまま逃げ出そうとした。
バシャアァン。
突如、這いずる男の目と鼻の先で粘液が撥ねた。
黒い飛沫が顔に降りかかり、男が悲鳴を上げる。
「うわああああ! 目が目が!」
グゴオオオォォォオ!
直後に大地を揺るがす咆哮。
「こ、こいつ……いつの間に」
思わず振り返ったリーダー格の冒険者の目の前でオークロードが腕を振り下ろそうとしていた。
「あああ! 糞くらえ! オークロードなんて糞くらえ!」
冒険者は迫りくる巨腕に向かって、無我夢中で剣を振り回した。
ズザズザッ!
オークロードの腕が細切れになり、ボトボトと粘液にまみれた地面へ落ちていく。
「はッははッどうだ参ったか! 斬れる! 斬れるぞ!」
男は返り血を浴びながら顔を歪めた。
パキィ――。
直後に右手に走る違和感。
「はは、は……は? なんで、まだ」
切り落とされたオークロードの肉片たちが、意志を持ったかのように剣に向かって集まってきているではないか。
バギィ――!
甲高い金属音と共に剣が砕け散る。
肉塊は黒い靄を纏いながらオークロードの切り落とされたはずの拳を形作っていく。
「な、なんなんだこいつら」
男は柄から手を離し、走り出そうとした。
だが地面のぬかるみに足を取られ、うまく動かない。
「お前たちも見ていないで助けろよ!」
男は腰を抜かして倒れている冒険者たちを見た。
剣を握りしめたまま手足を震わせ、歯茎をガタガタ鳴らしている。
「おい! お前ら!!」
背後では、靄をまとった拳が男めがけて振り下ろされようとしていた。




