第64話 諸刃の剣
騎士が歩みを止め、振り返った。
「な、なんだ、あんた……」
「その刃がどんな壊れ方をしているのか、俺に確認させてください」
はぁ、と騎士がため息をついた。
前線にすぐにでも戻りたいんだろう。
騎士からすれば俺がやっていることは迷惑極まりないに違いない。
だが、俺は見過ごせない。
「……少しだけだぞ。急いでいるんだ」
騎士は腰に括りつけていた紐を外して、鞘ごと剣を差し出してきた。
俺は今にも崩れ出しそうなそのボロボロの鞘から剣をそっと引き抜いた。
鍛冶場の火床の光にかざす。
鞘に納められていた時には見えなかった大きな欠けがあった。
それだけではない、刀身の中央から峰側にかけて、不自然に打ち付けられたような傷や歪みがいくつも残っていた。単に固い皮へ刃を撃ち込んで欠けただけではないだろう。
「……なるほど。斬るだけでなく、突きにも使っていますね」
「なぜ分かる……?」
「傷と曲がり方ですよ。この片刃剣は刃の緩やかな曲がりを利用して引いて流すことで真価を発揮するんです。だけれど、この刀身は峰側に向かって押し潰されるような力が何度もかかってます。……あなた、以前は直剣や両刃剣を使っていたんじゃないですか?」
「……ああ。騎士団に入ってからずっと、まっすぐな両刃剣を振ってきた」
至極当然なことだろう。
急造の片刃剣を支給されたところで、死地に立たされれば、長年身体に染みついた動きが勝手に出るに違いない。
これまで直剣を使ってきた騎士となればなおさらだ。
そもそも、慣れていない武器を使いこなせと言うのも無理がある。
「お願いがあります。次に前線から戻ってくるとき、壊れた剣があったらできる限り持ち帰ってきてもらえませんか」
「壊れた剣など集めて、どうするつもりだ?」
「剣が現場でどう使われ、どこから壊れていくのかを知りたいんです。使い手の手癖と戦場で生じる損傷を見ないと、命を預けられる道具にはなりませんからね」
騎士は「分かった」とだけ頷くと、ボロボロの鞘に入った片刃剣をひったくり、鍛冶場を後にした。
あの剣のまま戦うんだろうか。
急いでいるのは分かるが、もう少し自分の命を大事にしてほしい。
騎士が廊下の先へ見えなくなったところで、壇上で俯いていたバラムの方へ歩み寄った。
「バラムさん。騎士さんたちが以前使っていた、直剣は残っていませんか?」
「今さら昔の剣を持ち出して、何になるってんだ? 感染オークの皮には刃が立たなかった代物だぞ」
「いいから見せてください。使う人の身体が覚えている形を知りたいんです」
バラムは腰を上げると、鍛冶場の奥の保管庫から油を塗られた数本の中古の直剣を持ってきてくれた。
騎士が普段持っているのを見かけるようなありふれた直剣だ。
まっすぐに伸びた刀身の両側に刃がついている。
切先は鋭く研がれ、刺されたらひとたまりもないような鋭利さだ。
よく見ると、中央に縦方向の溝が掘られている。
これのおかげで手元に重心が寄って振りやすくなっているのか。
なるほど、いろいろ学ぶことがある。
俺は空いていた炉の前へ座ると、脇に置かれた魔鉱石の塊を持ち上げた。
「ガルド、お前……魔鉱石を使うのか?」
バラムが覗き込んできていた。
無理もない。劣化がなんだと言っていた俺が魔鉱石を使おうとしているのだからな。
「お前が打った剣なら鋼でもオーク共に通用するんだぞ。劣化が早い魔鉱石を使う必要は……」
「俺が打てるだけじゃダメなんです」
俺がいくら剣を作ったって、騎士や冒険者全員に行き届かせることはできない。
鍛冶師の皆の協力が必要不可欠だ。そのためにも、鋼ではなく、安定して硬度を出せる魔鉱石を使う。
時間は限られている。
俺は魔鉱石を火床にくべ、風送りのふいごをふかした。
炎の色の移り変わりをじっと見つめる。
ハサミで引っ張り出し、金敷きの上に置く。
カン、カン、コン
打っては折り返し、曲げ、再び打ち延ばす。
魔鉱石から返ってくる音が高くなると、再び炉に戻す。
しっかり熱してやらないと魔鉱石はすぐに割れてしまうから鍛錬するのも一苦労だ。
汗を拭って顔を上げるとバラムがすごい形相で覗き込んでいた。
「嘘だろ……魔鉱石をここまで折り返し鍛錬して、割れが入らねえなんて……」
「俺もいつ割れるか分からなくてひやひやしてますよ。魔鉱石って繊細ですから」
十数回折り返した後、刀身の形成に入った。
セシリアのために打った片刃剣とは違って大きな反りは作らない。
切先に向かって緩やかに曲線を描くよう、刀身の両側に刃を持たせる。
「おい、ガルド……! 両側に刃をつけているのか!? それじゃ両刃の形になっちまうぞ!」
「ええ、両刃にします」
騎士が片刃の使い方に慣れていない以上、両刃で作った方が彼らも使いやすいだろう。切れ味ばかりを気にしてはいられない。
「使い手を見て、選ぶんです。片刃だけが正解じゃないんですよ」
両刃にし、切先への反りを緩やかにすれば、従来の直剣と近い感覚で、斬ることも突くこともできる。慣れ親しんだ剣技のまま、直感的に戦えるはずだ。
俺は中央の刀身の部分をそぎ落としては手で持ち上げ、重心を確認する。
削れば削るほど、刀身は軽くなる。
ただ、削りすぎても耐久性が損なわれる。いい塩梅を探し出すのはなかなか難しい。
バラムが気難しい顔をして顎を撫でていた。
本職の剣鍛冶師から見るとこれは削りすぎなんだろうか。
何か言ってくれたらいいのに。
「何から何まで満点の剣なんて作れませんからね。どこかを優先すれば、どこかで代償を払うことになる。俺も包丁作りでは苦労しましたよ」
俺は最後の仕上げに両側の刃を砥石で研ぎ、刃線を整える。
シュッ、シュッ、と規則的に鳴る研磨音にバラムが耳を傾けていた。
研ぎ上がった剣を持ち上げた。
脇に置いた中古の直剣と比べるとやや幅広でずんぐりとしている。
中央にはぽっかりとしたくぼみ。
俺は布で刀身の水分を拭い、持ち上げて光にかざした。
「できました。あの騎士さんに合わせた剣、とでも言いますかね」
「ガルド……お前それ、聖……いや」
「ん?」
「……」
バラムがやっと口を開いたと思ったらまただんまりしてしまった。
早くあの騎士さんにこの剣を届けたい。




