第63話 代償
「……どうして魔鉱石を使うんですか?」
「それはな……」
バラムは何かを言いかけ、唇を噛んで俯いてしまった。
一人の鍛冶師が金敷きの脇に置いてあった一本の片刃剣を持ち上げた。
刃先は削れるように欠け、刀身全体に無数の傷が入っている。
使い込まれて摩耗したというより、激しい衝撃を受けて短時間でボロボロに破壊されたような状態だった。
「これ見りゃ分かるだろ。俺たちが最初に作った普通の鋼の片刃剣だ」
鍛冶師は傷んだ刀身を指で叩いた。
「俺たちだってな、魔鉱石の劣化が早いかもしれないことくらいは薄々勘づいちゃいたんだよ。……だけどな、普通の鋼じゃダメだったんだよ。こうして刃が欠けちまって、オークの野郎には傷一つつけられねえ」
「俺も……分かってはいたんだ」
別の鍛冶師が作業台に拳を打ち付けて、言葉を繋いだ。
「でもな、普通の鋼じゃ一撃すら通らない。だったら、壊れるまでの間だけでも敵を斬れる剣を選ぶしかないんだよ」
男の目元には真っ黒いクマができていた。
脇には何本もの打ち上げられた片刃剣。
もう何日寝ていないんだろうか。
「……なるほど。普通の鋼じゃ、そもそも刃が通らなかったんですね」
俺は手元の片刃剣を持ち上げた。
これで鉄を斬ったと言っていた。
だが、ここに置いてあるということは、オークに通用しなかったということなんだろうか。
俺は安全性ばかりを気にして、とんだ思い違いをしていたみたいだ。
「違うぞ」
唇を噛んで黙りこくっていたバラムが口を開いた。
「お前の打ったその片刃剣はオーク共にも通用した。でもな、でも、俺たちがお前の剣を真似てもな、同じようにはできなかったんだ」
バラムの拳は強く握りしめられ、震えていた。
「どうして同じ鋼で、お前の剣だけがそこまでの性能を出せるのか……俺たちがいくら考えても分からなかった」
いつしか槌を叩く音も消えていた。
キィ――。
静けさの中、響いた木扉が開く音へ、全員が目をやった。
外の冷えた空気が流れ込むのと同時に、数人の騎士に支えられ、セシリアが足をもつれさせながら入ってきた。
いつも整えられていた髪は乱れ、甲冑のあちこちに黒ずんだ血痕が付着している。肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返していた。
「……遅れて、ごめんなさい……」
かすれた声でそれだけ告げると、セシリアはその場に崩れ落ちた。
「殿下!」
付き添っていた騎士たちが慌てて彼女の身体を抱きかかえた。
カタン。
伸ばしかけた俺の手の前に紫の波紋が浮かぶ金属片が落ちた。
ひびが入って、途中で折れているが、俺はこれを見たことがある。
セシリアが、彼女自身の手で打った片刃剣。
それが力なくだらりと垂れた右手からずり落ちた。
騎士たちはセシリアを担架に乗せ、鍛冶場の外へ出て行った。
紫の金属片だけを残して。
俺は持ち主の手を離れたその金属片を拾い上げ、付き添いの騎士の一人に歩み寄った。
「セシリアさんに何があったんですか」
騎士は兜を外し、汗と煤にまみれた顔を見せた。
「……前線の感染オークの群れが、予想以上に膨れ上がっていたのだ。姫様はあの片刃剣で奮戦されたが、交戦する最中、剣が半ばから折れてしまわれてな」
俺は手元に残された金属片を見つめた。
こんなになるまで戦わなくちゃいけないのか。
騎士が腰に携えた片刃剣に目が行った。
鞘は割れ、中の刀身が露わになっている。
刃先は大きく欠け、ガタガタに傷んでいた。
この騎士もまた、前線で戦ってきたのだろうか。
「……殿下を医官に預けたら、私もすぐに前線へ戻らねばならない」
騎士は兜をかぶり直すと、バラムたちの方を向いた。
「鍛冶師殿、完成している片刃剣を渡してくれ。一本でも多く前線へ持って行かなければ、仲間たちが持ちこたえられん」
壊れた鞘を強く握りしめ、木扉の方へ歩き出した。
「そんな剣で、戻るつもりなんですか?」
騎士は振り返ることなく、答えた。
「まだ、使えるからな。武器にも限りがある。贅沢は言っていられない」
「俺に、その剣を見せてくれませんか」
思わず、騎士の手首をつかんでいた。
これ以上、傷つく人を見たくない。




