第61話 迫る危機
どこまでも続く白い壁、見上げるほどの門、そして長槍を構える兵士。
三日後の定休日。俺はバラムに付き添われ、王宮の門の前まで来ていた。
今回は招待客としてだ。
門番に軽く会釈をして通用口を通った。
中に入るとまるで別世界だった。
綺麗に整えられた庭には、色とりどりの花。
噴水がちょろちょろと心地良い音を立て、太陽の光を浴びて眩しく輝いていた。
バラムの後に続いて白亜の建物に入る。
先が見えない程長い廊下が続いていた。
壁には整然と壺や絵画が飾られていた。
一人で来たなら迷子になるに違いない。
バラムの後を追い、何度か角を曲がる。
階段を下り、重そうな木扉を開けると、一気に熱気と鋼を叩く鎚の音が押し寄せてきた。
「これは……すごいな」
石造りの室内には、何十もの炉が赤々と火を噴き、大勢の鍛冶師たちが汗だくになって槌を振るっていた。
所狭しと並べられた大小の金敷き、壁一面にかけられた鍛造用の工具、そして山のように積まれた鉱石の数々。
「セシリア様はまだ来られていないようだな。奥で待たせてもらうとしよう」
バラムに案内されたのは、他の作業場から少し離れた区画だった。
大きな金敷きの横には作り損なった片刃剣と、作業途中の魔鉱石の塊が置かれている。
俺とバラムは丸椅子に腰を下ろし、セシリアが来るのを待つことにした。
だが、刻限を告げる王宮の鐘が遠くで鳴り響いても、彼女の姿は現れなかった。
セシリアは王女様だからな。
急な公務か何かで時間を取られてしまったのかもしれない。
俺は目の前の金敷きや壁の工具を眺め、バラムに目をやった。
腕を組み直しては、何度も鍛冶場の扉へと目を向けている。壁に掛けられた振り子時計の針をチラチラと盗み見、足を小刻みに揺らす。
「バラム殿、ちょっとよろしいか!」
小一時間ほど過ぎた頃、近くの炉で作業していた中年鍛冶師が俺たちの方へ歩み寄ってきた。先日、バラムと一緒に店に来ていた男だ。
「ガルド殿、お待ちいただく間に、少し見てもらいたいものがあるのですが」
男が差し出してきたのは、半ばまで叩き伸ばされた魔鉱石の刀身だった。砕けてはいないものの、表面の刃文にわずかな歪みが生じている。
「割れなくなったのは大前進なのですが、ここから先、刃を薄く整えようとすると、どうしても魔鉱石が捻れるような感覚がありまして……」
「どれ、少し見せてください」
俺は手袋をはめ、冷えかけたその素材を受け取った。表面を指でなぞり、槌跡を確かめる。
歪んだ箇所を指し示す。
「ああ、なるほど。こことここ、それにここ。他と比べて伸び方が違いますね。魔力の含まれ方に偏りがあるのかもしれません」
「なんと……! では、どうすれば?」
「もう少し鍛錬が必要ですね。打って、折り返して、また打つ。そうやって素材の中の偏りをならしていくんです」
鍛冶師は「なるほど」とだけ言って刀身を指で撫でていた。
バラムはというと、五分と経たないうちに立ち上がり、扉の方へ歩み寄っては溜息をつき、また戻ってきて時計を見上げていた。
「セシリアさん、大丈夫ですかね? 何かあったんでしょうか」
バラムの口は開かれることなく、その目はただ扉を見つめていた。
「……バラム殿、もう隠しておいても意味はありませんよ」
刀身を見つめていた鍛冶師が顔を上げた。
「ガルド殿。姫様が来られないのは、公務の遅れなどではないのです。……樹海の感染オーク対策で今朝未明に緊急要請が入りましてね、姫様は自ら増援部隊を率いて前線へ向かわれたのですよ」
「前線……?」
頭の整理がつかなかった。
「ええ。あの変異したオークの皮膚と骨は、まるで石のように硬い。手練れの冒険者たちがいくら剣を叩きつけても刃が弾かれ、まともに傷を負わせられないのです。そのため部隊は後退を余儀なくされ、封じ込めが破られつつある」
鍛冶師は苦い顔で、炉の脇に積み上げられたボロボロの傷ついた剣の山を指さした。
「おい、余計なことを喋るなと言ったはずだぞ」
バラムが立ち上がって鍛冶師の肩を掴み揺らした。
「バラム殿! 隠したって始まりません! 前線ではセシリア様のあの片刃剣一本を頼りに、必死で群れを食い止めておられるんだ! 街道筋まで押し寄せるのも時間の問題ですよ!」
バラムは鍛冶師の肩から手を離し、振り向いた。
「……ガルド。お前は今は料理人なんだ。お前の料理を待っている大勢の客だっている。こんな泥沼の戦いに巻き込む筋合いはねえ」
バラムの声は掠れていた。
いつもの力強さがない。
「バラムさん」
俺は自分の手を見た。包丁の柄を握り続けたことでタコができている。
「俺の料理を待ってくれている客には、セシリアさんも、前線で戦っている冒険者たちもいるんです」
バラムは歯を食いしばったまま首を横に振った。
「だからこそだろ。だからこそ、お前が料理を作って帰ってきた奴らを労ってやるんだ」
「命まで失っては料理を食べることはかないません」
俺は足元に置かれていた、刃が大きく欠け落ちた剣に視線を落とした。
「セシリアさんが一人で無理をしているなら、なおさらです。手伝わせてください」
バラムはガリガリと頭を掻きむしり、両手で頬をパンと叩いた。
「……そうだな。いや、すまねぇ」
バラムは振り返り、作業中の鍛冶師たちを見回した。
「皆、聞いてくれ、片刃剣の製作者を連れてきた」




