第59話 試行錯誤
王宮の演習場。
数十名の騎士と冒険者たちが訓練用の片刃剣を振り込んでいた。
その刃筋はぎこちない。
長年手になじんだ両刃の重い直剣の癖が抜けず、剣を切り返すたびに手首を不自然にひねり、刃筋がブレている者が大半だった。
シュッ――シュッ。
演習場の一角で、淀みない風切り音が響く。
音の主は一人の若い冒険者だった。
踏み込みと同時に振り下ろされた刃は流れるように切り返し、また風切り音を鳴らす。
「……お前、動きが変わったな」
白髪の冒険者が、素振りを止めて声をかけた。
「その剣、俺の物と少し違うな。柄を変えたのか?」
若い冒険者は額の汗を拭い、手に持った片刃剣を白髪の男に見せた。柄の革紐が巻き直された跡がある。
「ああ、知り合いの鍛冶屋に頼んで、柄を長くしてもらったんだ」
「切り返しがずいぶん滑らかになったわね」
背後からセシリアが歩み寄ってきた。
「はっ、殿下」
若い冒険者は姿勢を正し、柄を見せた。
「俺、柄を深く握りすぎてたんです。それを直すために柄の長さを調整してもらいまして、それだけで手首への負担がまるで違います」
「なるほどね……」
セシリアは冒険者が差し出した片刃剣を受け取ると、両手で構えた。
「これが、あなたの手には馴染んだのね」
セシリアは二、三回剣を振った後、冒険者に返した。
「柄だけでここまで変わるもんなんだな。どれ、俺にも貸してくれないだろうか」
白髪の冒険者が手渡された剣をまじまじと見つめ、何度も握りなおす。
ヒュン――ヒュン。
振ってみるが、どこかぎこちない。
「左手はもう少し下。右手は添えるだけです」
若い冒険者が柄を持つ白髪の冒険者の手をずらす。
「これじゃあ力が入らないだろう?」
「いいから振ってみてください。騙されたと思って」
白髪の冒険者は言われるがまま、右手から力を抜き、左手を主に剣を振ってみた。
切り返す時に、右手を添えて刃の向きを変える。
「左手への負担は大きいが、切り返しのしやすさが段違いだ。この振り方、どこで教わったんだ?」
「行きつけの食堂の親父さんに聞いてみたんだよ。柄を伸ばせって助言もその人からもらったんだ」
「へえ、面白そうな店だな。どこにあるんだ?」
周囲で素振りをしていた別の冒険者が身を乗り出してきたが、若い冒険者は手を振った。
「嫌だよ、教えるわけねえだろ。これ以上客が増えたら、俺の昼飯の席がなくなっちまう」
「なんだと? 減るもんじゃねえだろ!」
「減るんだよ、俺の席が!」
セシリアは口元に手を添えて呟いた。
「食堂の親父……剣……。ガルドさんかしら」
白髪の冒険者が頷く。
「なるほど、どうりで」
「あなたも知ってるの?」
セシリアは白髪の冒険者に振り返った。
「ええ、私も常連ですからね。もし本当に彼がガルドさんから教わったのなら、私も手ほどきを受けたいものです」
「……」
「もし、そうならガルドさんにここへ来てもらって……いや、でもそれじゃあ……」
セシリアは右手に持った片刃剣へ目をやった。
何度も打ち直し、ガルドに近づこうとした剣。
打てば打つほど、遠ざかっていく気がして、今は研ぎ直すことすら躊躇っている。
「だめね、ガルドさんに迷惑だわ」
◇
同じ頃、王宮の鍛冶場では、熱気と槌音が絶え間なく響き渡っていた。
足元にはひびが入った加工途中の魔鉱石が積み上がっている。
「クソッ、また割れた!」
一人の鍛冶師が亀裂の入った魔鉱石を投げ出した。
「ダメだ! 冷ましに回した瞬間ひびが入る!」
焦りと失敗の連続で、鍛冶場全体に苛立ちが漂っていた。
その中に、黙々と魔鉱石に向き合う鍛冶師が一人。
男は図面から目を離し、炉の中の魔鉱石だけを見ている。
槌を当てるたび、魔鉱石がどれほど変形したかを見極める。抵抗が強ければ力を弱め、素直に形を変える部分には少しずつ槌を重ねた。
コン――カン――キン――。
男は槌を止め、刀身を確かめた。以前なら力を加えていた箇所も、今は無理に叩かない。
冷却を終えたとき、男の手元にはひび一つない一本の片刃剣が仕上がっていた。
「おい……割れてねえぞ!」
隣の鍛冶師が手を止め、声を上げた。
「なんだ、その形は!」
不快そうに歩み寄ってきたのはレオンだった。
レオンは完成した剣の反り具合を睨みつけ、指をさした。
「図面と反りの角度が全く違うじゃないか。指定された形状すら守れないなんて、ただの欠陥品だ! この鍛冶師の面汚しめ!」
鍛冶師たちの間から、バラムが進み出た。
「見せてみろ」
バラムは男から片刃剣を受け取ると、目線と刀身を重ねて図面と見比べる。
「確かに、図面よりわずかに反りが深く、刃元の厚みが残されているな」
そのまま鉄板が固定された台座の方へ歩いていき、横へ一振り。
ザンッ――!
刃は途中で止まることなく鉄板を通り抜けた。切断された鉄板の上半分が、床へずり落ちる。
バラムはすぐさま刃先をかざし、欠けや歪みがないか確認した。
「……図面とは寸法が異なるが、刃こぼれも歪みもない。少なくとも、量産に向けた試作品として申し分ない性能だ」
バラムが告げると、周囲の鍛冶師たちから歓声が上がった。
「あの魔鉱石を割らずに打ち切ったのか!」
揉みくちゃにされる中年鍛冶師に一人の鍛冶師が尋ねた。
「どうやってやったんだ!? 秘密を教えてくれ!」
「いや、俺の腕じゃないさ。この前、行きつけの食堂の親父に相談してな。『魔鉱石の個性を見ろ』って言われたんだ。無理に形を押しつけるのをやめて、魔鉱石の反応を見ながら槌を入れただけだよ」
レオンはチッと舌打ちをすると、工具を乱暴に箱へ放り込み、そのまま鍛冶場を出て行った。
バラムは去っていくレオンの背中を一瞬見やり、中年鍛冶師に向き直った。
「……おい。その食堂の親父ってのは、もしかしてガルドか?」
中年鍛冶師は口を押さえた。
「ゲッ……なんで知ってるんだよ!?」
「知り合いだからな。あいつならそう言うはずだ」
周囲の鍛冶師たちが一斉にざわめいた。
「バラム殿もその親父さんと知り合いなのか!?」
「料理人なのに鍛冶を知ってるとは何者なんだ」
「おい、俺にもその食堂の場所を教えてくれ! 直接話を聞きたい!」
盛り上がりを見せる鍛冶師たちに、バラムは呆れ顔で釘を刺した。
「教えるのは構わんが、押しかけてガルドにあまり迷惑をかけるなよ。あいつはあくまで食堂の店主なんだからな」
「わかってるって! ちゃんとメシも食うさ!」




