第58話 剣が合わない理由
「でさぁ、親父さん」
カウンターで深皿のシチューをつついていた若い冒険者が、鉄でできた武骨な片刃剣をカウンターの上に置いた。
刃は潰され、厚みが残っている。模造剣だろうか。
「これを持たされたんだが、さっぱり馴染まねえんだよ」
冒険者は麦酒を飲み干すと、溜息をついた。
「俺は昔から幅広の両刃直剣一本でやってきたんだけどな。柄の握り方からして違うし、振った後に刃を引き抜く動作がどうにも身体にしっくりこねえ」
俺は冒険者の置いた剣を持ち上げ、柄を握り、軽く手首を傾けて重心の動きを確かめた。
「ふむ……この剣を構えているところをちょっと見せてもらっても?」
冒険者は周囲を見渡した後、立ち上がって右手に剣を握った。
直剣を扱う癖のせいか、柄を深く握り込みすぎている。
これでは刃を引くときに手首をひねってしまう。
しっくりこないのも無理はない。
「これ、あなたに合った剣じゃないんでしょう? どうして無理して使っているんですか?」
「どうしてって……王女殿下が直々に感染オークに対抗できる唯一の武器だっておっしゃったんだぞ。逆らえるわけねえだろ。俺だって死にたくねえから演習に通っちゃいるが、こんな馴染まねえ剣で実戦に出る方が怖くてたまらんよ」
セシリアがそんなことを……。
それに感染オークと言うのも初耳だ。
聞きたいことは山々とあるが、
「剣は、使う人に合わせて作るものです。使う人が、剣に合わせて無理をするものじゃありませんよ」
「え……?」
「どんなに優れた剣だって、使う人に合わなければ、その性能を十分に引き出せませんからね。あなたにはあなたの体格や癖に合った握りや刃のつき方があるはずです。まずは柄の巻き方や握る位置を変えてみて、どこに無理がかかっているのか確かめてみてはどうですか?」
冒険者は手首を回し、剣の柄を握り直した。
「こうか?」
「少し、右手が力み過ぎですね。左手をもう少し下ろして強く握ってください」
剣を握る冒険者の両手に軽く触れ、握る位置をずらす。
「よし、このまま振ってみてください」
シャッ――シャッ。
「右手は添えるだけ、左手で剣を振って右手で角度を調整するんです」
シュッ――シュッ。
冒険者は何度か素振りを繰り返した。
ぎこちなかった剣の動きが、少しずつ滑らかになっていく。
「す、すげぇ。こんなに変わるのか……」
「あとは、柄をもう少し伸ばして貰うと使いやすいかもしれませんね」
「ありがとう、頼んでみるよ」
◇
冒険者が店を出て間もなく、暖簾を上げて、険しい顔をした中年男が入ってきた。
鍛冶についてよく語り合う常連客だ。
「ガルドさんや、聞いてくれよ」
男はカウンターに腰を下ろすと、疲れた様子で額を押さえた。
「王宮からの命令で片刃剣の増産に取りかかっているんだが……どうにもこうにもうまく作れねぇんだ」
「片刃剣を?」
「そうだ。これがまたすげぇ手順でな。ガルドさんは魔鉱石で鍛錬したことあるか?」
魔鉱石で鍛錬か。
あの相当硬い素材を叩いたり折り曲げたりするとなるとかなり手間がかかる。
男は懐から小袋を取り出し、カウンターの上に広げた。中から現れたのは、不規則に割れた魔鉱石の破片だった。割れ面は荒く、内部には細かい亀裂が入っている。
「こんなんじゃあ、剣を作るどころの話じゃねえよ」
布の上の破片をつまみ上げ、指先で割れた断面や表面の感触を確かめてみる。
割れた断面はざらつき、焼きムラのような痕跡が残っていた。
「この魔鉱石加工のとき、どのくらいの温度で打ち込んでいるんですか?」
「教わった通り、赤みが残るうちに一気に槌を入れ、すぐに冷ましへ回しているが……」
「素材の性質に合わない打ち方をすれば、歪みや割れが生じます。加熱の具合や槌を入れる強さを変えて、試してみてはどうですか?」
「打ち方を変えてみるかぁ……」
俺は破片を布の上に戻した。
「魔鉱石にも一つ一つ個性がありますからね。手応えを確かめながら調整するのがいいんじゃないかなと」
男は小袋の中の破片を指先でなぞった。
「それもそうだな、俺も渡された図面と納期に追われて、魔鉱石を見ることを忘れていた」
「ええ、無理に決まった形に押し固めようとせず、魔鉱石それぞれに合った形を打った方が刃も歪みにくいでしょう」
男は腕を組んで頷くと、布を包み直した。
「形を変えてみてもいいか、バラムの野郎に聞いてみるよ。ありがとうなガルドさん」
男が小袋を抱えて急ぎ足で出ていくのを見送り、空いたカウンター席を見つめた。




