第57話 感染オークに抗う剣
王宮の鍛冶場。
招集された鍛冶師たちは数十名。いずれも王都や郊外で名を馳せる工房の腕利きばかりだ。その視線は壇上に立つバラムの手元へ注がれていた。
バラムが掲げているのは、一本の片刃剣。
刀身は緩やかな弧を描き、片側にしか刃がない。研ぎ澄まされた刃文が、炉の火光を反射し揺らめいている。
その群衆の中に手を挙げる者が一人。
レオンだ。
「なんだ」
「バラム殿、なぜその剣は曲がっているんだ。冷却を失敗したんじゃないか?」
周りの鍛冶師たちも腕を組んで頷いた。
バラムは傍らに置いてあった両刃の長剣を持ち上げ、二本を並べて見せた。
「確かに、従来の剣と比べればこれは異質だ。だが、刃を深く切り込む動作において、これほど合理的な形状はない」
レオンが続ける。
「そもそも、なんで片方にしか刃をつけないんだ。それに刀身が細い。それでは衝撃に耐えられないんじゃないか」
「いい着眼点だ。だが、この片刃剣は衝撃を逃がすことに重きを置いた構造だ」
レオンは鼻で笑った。
「ふん、屁理屈だな」
「言葉で説明するよりも見せた方が早いな」
バラムが顎で指示を出すと、研究者たちが台座に固定された鉄の胸当てを運んできた。
「俺もこの剣の扱いにはあんまり慣れてないんだが……」
両手で片刃剣を持ち上げ、槌を叩くように振り下ろす。
ズガァンッ。
胸当てが真っ二つに割れ、台座から滑り落ちた。
勢い余った剣が台座に食い込む。
バラムは剣を握っていた右手のひらを何度か開いては閉じてみせた。
「どうだ。これだけ硬い鉄を斬っても、手に痺れが残ってないぞ」
「はったりだ! その鎧が不良品だったんじゃないか」
声を上げたのはレオンだった。
壇上へ躍り出し、胸当ての切断面を睨みつけた。
「はったりだと思うならお前の剣で試してみるか?」
「ああ、いいとも。俺の打った剣がそんなへなちょこに劣るわけがないだろうが」
レオンは胸当てを拾い上げ、台座の上に乗せた。
「手品を暴いてやるよ」
大きく振り上げた剣が鎧に落ちる。
ガギッ。
耳をさすような甲高い金属音。
反動に耐えられず、レオンは剣を床に落とした。
「ぐっ……あ、ぐ……」
レオンは右手を抱え込み、顔を歪めた。
手首から肘にかけて痙攣している。
膝が崩れ、台座に肩をぶつけた。
浅いへこみを残した鉄の胸当てが、ガコンと音を立てて床に落ちた。
レオンには目もくれず、他の鍛冶師がぞろぞろとバラムの元へ押し寄せた。
「その剣、俺にも振らせてくれないか?」
「ああ、くれぐれも無理な使い方をするなよ」
鍛冶師たちは代わる代わる片刃剣を振るい、胸当てに向かって刃を繰り出した。
ズガッ――ザンシュ。
原型をとどめぬ程鉄の胸当てが切り刻まれていく。
「すげぇ、切れるぞ」
「手首も痛くならねぇ!」
「それを、今から教えるんだ」
バラムは大きな羊皮紙を壁に貼り付けた。
そこには魔鉱石の鍛練、形成、焼き入れの手順が事細かに示されていた。
「これが製造原理だ。感染オーク共に対抗するには武器が足りんからな。質問はいつでも受け付ける。一刻も早く、一本でも多く打ってくれ」
◇
王宮の演習場。
乾いた泥の上に、数十名の騎士や手練れの冒険者が集まっていた。
誰もが鎧を泥で汚し、地面に座り込む者もいた。
樹海周辺の封じ込め作戦が決行されて数日。立ちふさがる感染オークに刃が立たず、部隊は大きな被害を出して一時撤退を余儀なくされていた。
「残ったのはこれだけね」
セシリアは演習場を見渡し、呟いた。
冒険者の一人が刃の欠けた剣を地面に突き立てる。
「全く、かないやしねぇ。なんなんだあの硬さはよぉ。こんなんじゃ割に合わねえよ」
「でも、お前がここにいるってことは、諦めてねえってことだろう」
首元の古傷が目立つ白髪の冒険者が男の背中を叩いた。
「たりめえだろ。俺には守らなきゃならねぇ家族がいるんだ。国を潰されてたまるかよ」
「その心意気やよし。だが今のままでは埒が明かんぞ」
「ええ、その通りよ」
口を挟んだのはセシリアだった。
右手には紫の波紋が入った片刃剣を携えている。
「皆も今回の作戦で理解できたでしょう。あの感染オークには従来の武器では対処できないわ」
冒険者は地面に突き立てていた剣を引き抜くと、刃の欠けた隙間を指でなぞる。
「従来の武器っていってもこいつは名のある職人が鍛えた業物だぞ。そんじょそこらにあるなまくらとは違うんだがなぁ」
「ええ、分かってるわ。別にあなたたちの武器を侮っているわけではないの」
セシリアが手を挙げると、待機していた研究者たちが箱を運んできた。
中には鉄で作られた刃のない片刃剣が数十本。
それを冒険者一人一人に手渡していく。
白髪の冒険者が恐る恐る右手を挙げた。
「何かしら?」
「姫様……こちらは?」
「訓練用の剣よ」
セシリアは右手に持つ片刃剣を構えた。
「唯一感染オークに致命傷を与えられた、私の剣と同じ形状の」
「我々にこれを扱えと?」
「ええ」
長剣を地面に突き立てていた冒険者が声を荒げて立ち上がった。
「無茶言うなよ。長年使い慣れた相棒があるってのに、こんなよくわからない鉄くずに命預けろだって? 姫様だからって大概にせえよぉ」
すかさず、騎士たちが剣の柄に手をかけ、冒険者を取り囲む。
「貴様、殿下へ無礼を働くとは何事か」
「あぁ?」
「下がりなさい」
セシリアが声を上げ、冒険者へ歩み寄る。
「無茶は承知だわ。けれど、あなたこそ、その欠けた剣に命を預けられると思っているのかしら」
セシリアの視線が男の傷ついた長剣へ行く。
「あ、ああ。もちろんだ。俺はこいつと一緒に戦ってきたからな」
冒険者は目を逸らした。
「とにかくだ。俺は俺のやり方で戦う」
冒険者は訓練用の剣を騎士に押し付けると吐き捨てるようにして演習場から立ち去って行った。
ヒュン――ヒュン。
演習場に響く風切り音にセシリアが振り返る。
白髪の冒険者が訓練用の片刃剣を振っていた。
「ふむ、悪くないですね。ただ切り返しがしにくい」
白髪の男につられるように他の冒険者たちも一本、また一本と訓練用の剣を持ち上げ、素振りを始めた。
ヒュン――ヒュン。
「あなたたちは、やってくれるの?」
白髪の冒険者が剣を振る手を止め、背中の傷だらけの長剣に触れた。
「長年背を預けた相棒と言えど、斬れなければただの木偶ですから」
男は再び訓練用の剣を構えると、ぎこちなく振り下ろす。
日が落ちかけた演習場には片刃剣が風を切る音だけが響いていた。




