第56話 皆、忙しいんだろうか
ゴドフリーのオーク牧場へ見学に行ってから数日後。
昼過ぎの店内にはどこか手持ち無沙汰な空気が漂っていた。
「なあ親父さん、聞いてくれよ」
カウンターの端で、若い冒険者が麦酒を片手で揺らしている。
「俺さぁ、新米だからってな、樹海に入るの禁止されちまったんだよ」
「それはお気の毒に」
ここ二、三日、よくこの話題を耳にする。
店に来る若い冒険者たちは皆同じような顔をしている。
「樹海入れないってなると、ここから遠く離れた場所まで行かないといけなくなって、ほんっと商売あがったりだよ」
冒険者は麦酒をグイッと飲み干し、タンと音を立てて木杯を置いた。
「そりゃ、ギルドも新米を無駄死にさせたくないだろうさ」
隣でパンを噛みちぎっていた白髪の冒険者が新米冒険者の方を見て呟いた。
頬から首筋にかけて古傷が残る、見慣れた常連の一人だ。
「なんだよ、おっさんは何か知ってるのかよ」
白髪の冒険者はお代を置き、振り向きざまに右手を振った。
「さあな。新米はおとなしくどぶさらいでもして待っとればいいさ」
それだけ言って出て行ってしまった。
「なんだったんだよ。あのおっさん」
白髪の冒険者が去った後の席を見る。
そういえば、ここはゴドフリーの特等席だった。
前は朝から晩まで入り浸っていたというのに、最近はめっきり食堂に顔を出さなくなった。
牧場の仕事が忙しいんだろうか。心配だ。
ゴドフリーだけではない。
セシリアも、バラムも、ここ最近は顔を見ていない。
剣作りに励んでいるんだろうか。根を詰めすぎて腐らないといいが。
包丁を布巾で拭いて刃を撫でる。
「俺もまた時間ができた時にもう一本打ってみようかな」
ひとりごとが口から漏れていた。
「おぅん? 何を打つっておやっさん」
顔を上げると、がっしりとした体格の男が酒臭い息をまき散らしながらカウンターに覆いかぶさるように立っていた。さっきまでテーブル席で一人酒を煽っていた客だ。
顔を真っ赤にしている。目の焦点があっていない。
「剣ですよ。剣」
男はふらふらした足取りで空いていたカウンター席に座った。
ドスンと椅子が悲鳴を上げる。
「おやっさんも剣を打ってんのか、げふ」
「いえいえ、まだ一本しか打ったことのないような若輩者ですよ」
バァン。
男がカウンターに両手を叩きつけた。木板が振動し、皿がカタカタと音を立てる。
心臓が飛び出るかと思った。
「聞いてくれよ、おやっさん! 俺も鍛冶師やってるんだけどな、最近になって王宮と冒険者ギルドから変な剣の依頼ばっか来てな」
鍛冶師を名乗る男はろれつの回らない口で続けた。
「なんでもひん曲がったとんでもねえ形の剣を見せられてな、これと同じものを作れないかって」
「は、はぁ」
「そんな剣じゃ切るもん切れないだろうって言ってやったら、あいつら鉄の鎧真っ二つにしやがってんだ。全く、意味が分からねえ」
「なるほど……」
「ごっつい厚い鉄の鎧やぞ? 騎士が着るような。それを真っ二つだ。真っ二つ」
男は麦酒をドンとカウンターに叩きつけた。
木杯が壊れないかとヒヤヒヤする。
「鉄の鎧を真っ二つだなんて、凄い剣を作る鍛冶師もいたもんですね」
「全くだ。俺の鍛冶師人生が全部否定された気分だ」
男は怒鳴り散らして満足したのか、がっくりと頭を垂れ、そのままカウンターに突っ伏してしまった。
数秒もしないうちにズピー、ズピーと豪快な寝息が聞こえ始める。
「お客さん? お客さん」
肩を揺らして声をかけるが、全く起きる気配がない。
はぁ困ったもんだ。
俺は布巾を持ってこぼれた麦酒を拭き取った。
それにしても鉄の鎧を切る剣か。
水気を拭きとった包丁の刃を撫でる。
まあ、包丁で鉄を切ることはないだろうな。
そんなに切れ味を良くしてしまったら、毎回まな板を買い替える羽目になる。




