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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第8章 オークの異変

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第55話 感染オーク

 王都の近郊、深い樹海に覆われた狩場。


 セシリアは頬杖をつき、馬車の窓から見える木々を眺めていた。

 後方から、馬の蹄音を響かせて騎士が追い付いてくる。


「殿下、あちらにゴブリンの群れがおりました」

「ゴブリンではダメだわ」

「右方にコボルトの群れが……」

「コボルトもダメ」


 セシリアは窓枠に肘を預けたまま、流れていく景色に耳を澄ませていた。

 普段はオークの鳴き声が木々の隙間から響いていたが、それがない。


「殿下、これ以上奥へ向かうのは危険ですぞ」


 御者台で手綱を握る騎士が振り返る。


「それもそうね。建国祭が近いから、もう少し練習しておきたかったのだけれど……」


 セシリアは膝の上に乗せた二本の片刃剣を握りしめた。


「伝令――伝令!」


 先行していた騎士が大声を上げながら駆け寄り、馬車と並走した。


「この先に妙なオークの群れが……」

「オーク!?」


 セシリアは立ち上がり、窓から身を乗り出した。


「どこ? 案内して頂戴」

「はっ」


 馬車が誘導され進むにつれ、黒い靄が立ち込め始めた。

 鼻を突く異臭にセシリアは口元を袖で覆った。


「これは……」


 道端には何体もの倒れたオーク。目立った外傷こそないが、皮膚の端々からドス黒い靄が煙のように湧き出ているように見えた。それも一体や二体だけではない。


 馬車から降りた研究者が、持参していた古文書の写しをバラバラと音を立ててめくった。


「あ、ありました! 殿下、これです」


 研究者が指し示したのは、見慣れた聖剣の記録ではなかった。

 そこに記されていたのは、魔物が魔王の魔力に侵され、正気を失って狂暴化する現象。


 研究者は袖で鼻を覆いながら倒れたオークへ歩み寄ると、その口元へ手をかざした。


「呼吸は、あります」


 スースー。

 肺に穴が開いたような、浅い呼吸が確かに聞こえる。


「まだ初期の段階ではありますが、ただ事ではありません。すぐにでも王宮へ戻り、対策を講じるべきです」

「ええ」


 セシリアは頷くと、騎士たちへ命じた。


「狼煙を上げて頂戴。別動隊と合流次第、即刻帰還するわ」

「御意」


 空へ赤い狼煙が上がると、警戒にあたっていた騎士たちが続々と集まってきた。

 あたりに立ち込める異臭に、誰もが鼻を押さえ、しかめっ面をしていた。


「全員、揃ったわね。行くわよ」


 馬車を騎士たちが囲む陣形を取り、来た道を一斉に引き返し始めた。


 帰路の途中。

 ドシン、ドシンと地響きを上げ、背後から黒い靄を纏ったオークが一体迫ってきていた。

 真っ赤に染めあがった目を光らせ、口から泡を吹いている。先程倒れていた個体とは明らかに様子が違う。

 前腕を地につけ、獣のように突進してくる。


 迎え撃った騎士の剣は容易に弾かれ、高音を立てて跳ね返された。

 オークは騎士に目もくれず、セシリアの乗る馬車へ一直線に突っ込んできた。


 セシリアは革紐を解き、二本の片刃剣を抱えると、窓枠に足をかけて一気に屋根の上へ蹴りあがった。

 オークが巨大な爪を振り上げて、飛び掛かってきた。馬車を押しつぶす勢いだ。


 セシリアは襲い来る巨体に対し、左の剣を上段に、右の剣を脇にそれぞれ構えた。


 一呼吸。

 左の剣を上段から斜めへ切り下ろし、間を置かず右で横一文字に一閃。


 ザンッ――シュッ。


 騎士の攻撃を弾いた肉皮をあえなく断ち切り、胸に十字の切創が刻まれた。

 黒い血しぶきを散らし、大きく体勢を崩したオークは地面を転がって動かなくなった。

 馬車を止めさせ、屋根の上からセシリアがあたりを見回す。


「怪我人は?」

「応戦した騎士が数名、落馬による打撲、軽傷です」


 研究者が馬車から降り、転がったオークの死骸へ近寄った。


「殿下、こちら国王陛下へお見せする証拠として持ち帰ってはいかがでしょうか」

「ダメよ。感染の原理も分かっていないのに、死骸を王都へ持ち込むわけにはいかないわ。ここで燃やして頂戴」


 騎士たちが薪を集め、オークの死骸に火を放った。揺れる炎がときおり黒い靄を吐き出しながら肉塊を包んでいく。


「ここまで動ける個体が出てきているなんて、悠長にはしていられないわね」


 ◇


 王宮・国王の執務室。

 セシリアの眼前に座る男の名は、セルシウス・ル・ヴァロワ。ヴァロワ朝の現国王だ。


「セシリアよ、聖剣舞踊の練習に励んでおるようじゃな。余も建国祭で見るのを楽しみにしておるぞ」


 国王は左右に長く伸ばした口ひげを指先でくるくる巻き、ピンと弾いてみせた。


「余が若い頃は、それはもうバッタバッタと魔物を斬り払ったもんじゃ。セシリアにも見せてやりたかったのう」


 両手で剣を握る真似をし、大げさに振ってみせる。


「それで、話とはなんじゃったかの。建国祭での演目でも増やしたいのかね?」

「いえ、違います。お父様」

「ほう、では研究室の予算か――」


 セシリアは身を乗り出して、両手を机に突いた。


「樹海で、魔王の魔力に侵されたと思われる魔物を発見しました」


 ひげを弄っていた国王の指が、不意に止まった。


「……それは、まことか」

「ええ。確かにこの目で確認しました。騎士や、同行した研究者たちも見ています」

「魔王……魔王」


 国王はふぅと深く息を吐くと、背もたれに体を預けて腕を組んだ。


「お前の報告を疑っているわけではない。だが、民に公表する以上、確かな根拠が要る。証拠はあるか?」

「途中、感染したオークを一体討伐しましたが、死骸を持ち帰れば感染を広げてしまう恐れがあると考え、その場で焼却してまいりました」


 国王はひげに再度指を触れた。


「民への公表は、調査結果を待ってからだ。だが、対策を先延ばしにするつもりはない」


 空いている右手で羊皮紙を掴み取ると、冒険者ギルドへの特別警戒通達と、樹海周辺へ配置する軍への動員令を次々と書き記していく。


「ギルドへ通達を入れ、樹海周辺の調査を強化させる。軍も動員し、感染した魔物が外へ出る前に封じ込めるのだ。セシリアも協力してくれるな」

「ええ、もちろんです」


 国王の執務室を後にし、回廊を歩く。

 腰に携えた片刃剣に目をやる。


「ガルドさん、オークキングを届けられるのはもう少し先になりそうです」

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