第51話 オーク肉が足りない
朝早くから、俺は肉屋の前でオーク肉と睨み合っていた。
まな板に並べられた肉の塊を指で軽く押してみるが、弾力が弱く、表面の脂も少し黄ばんでいる。
いくつか並んではいるが、どれもお世辞にも鮮度がいいとは言えなかった。
「店主、オーク肉はこれで全部か?」
「ああ、そうだな」
参ったな。この状態のオーク肉をお客さんに出すわけにはいかない。
あの舌の肥えたお客さんは今日も来てくれると言っていたし、がっかりさせるわけにはいかないんだが。
「いやぁ、ここ最近冒険者からのオークの納品が減ってたな。うちも商売あがったりだよ」
「何かあったんですか?」
店主は両手を広げて首を振った。
「さあなぁ。聞いた話じゃあオークの数が減っているらしいんだが……」
これは困った。うちの店の主力はオーク肉だから、これからも品薄な状況が続くとなると、何か対策を考えないとな。
「このオーク肉、いくらですか」
「いいのかい? あんまりおすすめはしないが」
「まだ鮮度が少しはましな部分がありますから」
「ありがてぇよ」
オーク肉を包んでもらって市場を後にした。
この塊からどれだけまともなものが取れるだろうか。
昨日の小太りの男の顔を思い浮かべた。
楽しみにしてくれているだろうに、申し訳ない。
店の前へ行くと既に行列ができていた。昨日よりもさらに長い。
先頭にはあの小太りの男が二人の騎士を侍らせて待っていた。
「やあ店主。今日も早いね」
男の気さくな声に、肉を握る手に力が入った。
「どうしたのかね、そんな浮かない顔をして」
しまった。顔に出ていたか。
男の目線は、俺の顔ではなく仕入れたばかりのオーク肉に行っていた。
「君がこれを仕入れたのかい?」
「ええ、今日は品薄みたいでして」
男は顎髭を撫でると、手をパンパンと鳴らした。すると、男の影から、黒い衣服で身を包んだ人がぬっと姿を現した。
どこから出てきたんだ。
男は黒装束の耳元へ口を寄せ、何かを呟いていた。
「御意」
低い声だけを残して、黒装束はすっと姿を消した。
男は俺の元へ近寄ると肩をポンポンと叩いた。
「おっほん、今日の料理も楽しみにしてるよ」
なんだったんだろうか。
とにかく、仕込みを終わらせよう。
スープを煮込み、いつもの時間に暖簾を掲げる。
扉を開けると同時に小太りの男が入ってきて、昨日と同じカウンター席に着く。
「店主、オークキングのスープ三人前。今日はわし一人ではなく連れの分を頼む。それとオーク肉の鉄板焼き五皿」
「はいよ」
熱々のスープを三人の前に運ぶ。騎士は兜を外し、一礼してからスープに口をつけていた。
俺は今朝仕入れたオーク肉を取り出し、包丁を握る。
変色した部分や水っぽくなった筋をそぎ落とし、不格好な肉の塊が切り出されていく。
「ほっほ、いい目をもってるね。店主」
スープ皿を空にした男が頬杖をついて肉を眺めていた。
「料理人ですから」
そんな話をしていると、男の背後にまた黒装束が立っているではないか。
「準備が整いました」
「むふ、店主。君に見せたいものがあるのだけど、少し外に来てくれるかい」
呼び止める間もなく、男は入口まで歩いて行ってしまった。
仕込みの最中なんだが……。
無下にするわけにもいかず、包丁を置いて男の後を追った。
扉を開けると尻もちをついてしまった。
通りの真ん中に人間の倍近い巨体のオークが立っていた。
その後ろに縄で繋がれた荷台には、今にもこぼれ落ちそうなほどのオーク肉がこれでもかと積み上げられている。
「間に合ってよかったわい」
なんでこんな町中にオークが。
冒険者たちも剣を抜いて臨戦態勢に入っている。
「驚かせてすまないね、これは養殖オークだから安心したまえ」
男は呑気な声を出しながら、オークの膝をポンポンと叩いて見せた。
オークは大人しく立ったまま、こちらを見下ろしている。
養殖オークとはなんだろうか。初めて聞いた。
「むふふ、店主。オーク肉が足りなくて困っているのだろう」
男は腹を叩きながら、積みあがった肉を指さした。
「お代は全部で金貨五枚でどうかね。特別価格だ」
安すぎる。こちらとしてはありがたい話だが。
これだけの量、普通ならもっと跳ね上がるはずだ。
「いいんですか? そんな破格で」
「このオークは君にこそふさわしい」
「ありがとうございます」
男の手の者たちによって、肉が店内に運び込まれていく。
俺はさっそく、肉の塊をまな板において状態を確かめる。
それにしてもこのオーク肉、臭みが抑えられている。
鮮度もかなり良く、サシの入り具合も目を見張るものがある。
「気付いたかね。わしのところではオークに食べさせるものに気を使っていてね、獣臭さが抑えられてるんだ」
「ええ、こんなオーク肉、初めてです」
「ほっほ、気に入ってもらえてうれしいよ。どうだい、今度わしの牧場にオークを見に来ないか?」
オーク牧場。
一体どんな餌を与えれば、こんな見事な肉質に育つのか。
「いいんですか?」
「もちろんだとも、明日の定休日なんてどうだい?」
「是非お願いします」
そう言いながら、届いたばかりのオーク肉を切り分け、鉄板で焼き始めた。ジュ―という音と共にオークとは思えない、木の実をいぶしたような芳醇な香りが広がる。
出来上がった鉄板焼きを男の前へ運んだ。
「もしよければ、うちの牧場の従業員にもこれを振る舞ってもらえないだろうかね。調理器具はこちらで用意するから」
「ええ、喜んで。美味しい物を食べてもらえるならお安い御用です」
明日が楽しみだ。




