第50話 一人一皿まで
初めに入ってきたのは仕立ての良い上着を羽織った小太りの男だった。
背後には全身甲冑の騎士が二人、侍っていた。貴族様だろうか。
男は豊かに実った顎髭を撫でながら店内を見渡している。
「ふぅむ。ここが王女殿下の行きつけのお店ですな」
王女殿下? そんな方が来た記憶はないが……。
そんなことよりも入り口で立ち止まらないでほしい。
「あの、すみません、お客さん。後ろ詰まってますから」
「ほっほっ、すまないね。ほれ、お前たちもついて参れ」
「はっ」
男はカウンターへ腰かけ、騎士たちを両脇へ座らせた。
「店主さんや、オークキングのスープと言うやつを三人前頼めるかね」
「はい、お連れさんと合わせて三人前ですね」
男はぷっくりと膨らんだ腹を叩いて見せた。
「いいや、私一人で三人前だ」
「すみませんねぇ、オークキングには限りがありまして、お一人様一皿までなんですよ」
俺が昨日セシリアと話し合って決めた。こうすればより多くの人にオークキングを食べてもらえるだろう。
「ふが、一人一皿しか頼めないのか」
そう言うと、男は手招きしてみせた。
なんだろうか。俺は男の口元に耳を寄せた。
「一皿につき金貨一枚多く払おうではないか。どうかね?」
「お金の問題ではないんですよね」
男はしょんぼりした様子でカウンターに向き直った。
「では、オークキングのスープを一皿、それとオークの鉄板焼きを五皿頼むよ」
「はいよ。お連れさんたちは?」
「お構いなく」
席に座るなら何か頼めばいいのに、勿体ない。
その後も注文を聞いて回ったがオークキングのスープを頼む客がとても多い。
あの長蛇の列の原因はこれだったのか。
俺は厨房に入り、包丁を握った。
オークキングを薄く切って、スープにくぐらせ、皿に盛り付ける。
目の前の男は包丁ではなく、肉や皿に注がれるスープに目をやっている。
カウンターに座る客にしては包丁の話題を出してこないのは珍しい。
「スープ一丁上がり」
男はスプーンで肉を掬うと鼻先に寄せてすんすんと鼻を鳴らした。
「玉ねぎとニンニクの織り成すコクのある甘い香り。そのあとを追うようにやってくる野性味を抑えられたオークキングの肉の上品な匂い……うむ」
スプーンを傾け、口に流し込む。
「口の中で溶け出す柔らかい肉、スープの風味が肉の味を優しく包み込んでいる……。店主すばらしい、すばらしいよ。ここまでオークキングを引き立てられるなんて」
「そりゃどうも」
男はチッチッチッと人差し指を振ってみせた。
「この前、王都の高級料理店で食べたオークキングなんて酷い物だったよ。焼きすぎて旨い脂が台無しになっていたんだ。だがね、店主、君は違う。薄く肉を切り分けることで加熱時間を短縮してるだろう? 最初はぼろい商売でもするためかと疑っていたが……今ここで謝罪しよう」
「いいえ、そんな」
一口で汲み取るとは、なかなか舌が肥えている。
「それだけに残念だ。これだけでは物足りん!」
「すみませんねぇ、皆さんに食べていただくための決まりですから。はい、オークの鉄板焼きもどうぞ」
「うぉっほん、これもまた悪くない」
男は肉を切り分けると口へ放り込んだ。
「オークの臭みがここまで消せるとは……オークも捨てたもんではないな。どれ、もう五皿追加しようではないか」
「追加で五皿ですか?」
男はまた腹をボンと叩いて見せた。
「まだまだ腹一分目にもなっとらんぞ」
◇
閉店前だというのにまだ行列は続いている。
目当てはやはりオークキングのスープでお釣りはいらないと金貨を何枚も置いていくような羽振りのいい客が多かった。
だが、一人で調理と接客をこなす以上、これ以上は身体が持たない。
「すみません、今日の分はここまでです」
表に声をかけ、暖簾を下した。
店内の客もぼちぼち去っていく中、俺は店内に目をやった。
それにしてもこのカウンターの男は朝からずっとオークの鉄板焼きを頼んでは食べ続けている。
百はとうに越えていた。
店の在庫を食い尽くす勢いだ。
それでもまだ食えるというのだから恐ろしいものだ。
閉店を告げると丼ほどの大きさのある布袋をどかんと置いた。
「明日も来させてもらおう」
多めにオーク肉を仕込んでおかないと在庫が持たないな。




