第49話 オークキングのスープ
「さて……どう料理しようか」
解体を終えたオークキングの肉塊をまな板の上に載せ、手のひらで押さえる。
サシがこんなに綺麗に入ってる肉を、厚切りにしてただ焼くのでは惜しい。
直火なんかで炙ってしまえばこの脂が落ちてしまう。
どうしたものか。
短い時間でさっと火を通すには……。
包丁を肉の端まで滑らせ、垂直に落とす。まな板の木目がかすかに透けるほど薄い肉がはらりと倒れた。
中々、集中力がいる。少しでもズレれば厚さが不均一になって食感が悪くなってしまう。
額の汗を拭って、刃を滑らせる。
一通り切り終えたところで、火にかけたままの鍋を確認する。
余った肉の端切れや骨、根菜をじっくり煮出したスープだ。表面がかすかに揺れる程度まで火を落とし、グラグラと沸騰させない位置で温度を保つ。
そこへ薄切りにした肉片を数枚、包丁に載せてくぐらせる。
赤みが一瞬にして淡い桃色へ変わる。
いい感じだ。
薄切りの肉がくるりと縮んだところで、熱々のスープと一緒にスープ皿へ盛りつける。
「お熱いうちにどうぞ」
セシリアはスプーンで肉を掬うとふぅふぅと息を吹きかけ、スープと一緒に口へ運んだ。
「……柔らかい」
右手で口を押さえ、肉を噛みしめている。
「もう、無くなっちゃった」
「まだまだ、ありますよ! ほら、お仲間さんも」
次々と肉をくぐらせては皿に盛りつけていく。
セシリアたちのいい食べっぷりを見ていると、なんだか俺も腹が減ってきてしまった。
「ガルドさん! 追加で!」
「はいよ」
切り分けるのは大変だったが、この笑顔を見れるなら苦労した甲斐がある。
お仲間の鍛冶師たちも硬い表情がほぐれて夢中で肉を口に運んでいる。
そういえば、今日はバラムの姿がない。
こんなにいいオーク肉が入っているというのに勿体ない。
王宮からでも仕事を頼まれたのだろうか。
まだまだ、肉には余裕があるけど、バラムの分は絶対に残しておきたいな。
飯を食べ終わった客が出るのと入れ替わりに常連の冒険者たちが入ってくる。
彼らは入り口で立ち止まったまま、厨房の奥を凝視している。
「あっちのテーブル空いてますよ」
俺の声が聞こえてないんだろうか。
視線の先を見てみると、オークキングの肉が吊るしてあった。
冒険者たちが我に返ってやっと口を開く。
「あ、あれ、オークキングだよな」
「本物は初めて見たぞ」
「ガルドのおっちゃんすげえの仕入れてきたな……」
仕入れてきたのは俺じゃなくて、セシリアなんだけどな。
こんな貴重な肉をどこで手に入れたんだろう。
鍛冶師の伝手だろうか。是非俺も紹介してもらいたいものだ。
冒険者の一人がカウンターに近づいてくる。見たことがない顔だ常連に連れられて来たのだろうか。
客が増えるのは嬉しい限りだ。
「て、店主さん! あのオークキングの肉って頼めますか」
どうしようか。出したいのも山々だが、あれはあくまでセシリアが美味しい料理を作る代わりに、とタダでくれたものだし……。
腕を組んで悩んでいると、セシリアが冒険者の方を振り返った。
「あなたたちも食べたいの?」
「お……お……ガガゴボ」
なぜか泡を吹いて倒れてしまった。
お仲間の冒険者が駆け寄る。
「す、すみません。こいつ新入りで慣れてなくて」
ぺこぺことセシリアに対して頭を下げると、倒れた男を担いでテーブルの方へ行った。
セシリアは店内を見渡すと、腕を組んで頷いた。
「そうね……今日は私がおごるわ。みんなで食べましょう」
どこか硬い表情だった客たちが「うおおお!」と歓声を上げた。
「ガルドさん、お願いできるかしら」
「わかりました。すぐ準備しますね」
肉を切る手が忙しい。
切ってはくぐらせ、切ってはくぐらせ、切り分けた肉塊がみるみるうちに小さくなっていく。
次々と運ばれるスープを客たちは飲み干していく。
「「……おかわり!」」
皆が一斉にスープ皿を掲げた。
「はいよ! 順番にいきますからね」
ああ、忙しい。
◇
夜が更ける頃には、スープ鍋も底を突き、あんなに大きかったオークキングの肉塊も残すところもう半分くらいしかない。
泡を吹いて倒れた冒険者がセシリアの方へ近づいてお辞儀をした。
「セシリア様! ごちそうさまでした!」
「セシリアでいいわよ」
セシリアが手を振って見送っている。
お仲間の鍛冶師たちは手帳を開き、顔を見合わせて話し合っていた。
セシリアが振り返る。
「それで……お代なんだけど、これで足りるかしら」
布袋がドンと置かれる。この前よりも一回り大きい。
まさか金貨じゃないだろうな、と思いながら覗き込む。
金貨じゃないか。それも十枚以上はある。
セシリアはもしかして大金持ちなんだろうか。
「これ、間違えてませんか?」
「少なかったかしら……」
「あ、いえ多すぎるというか、俺としてはスープ代だけで十分なんですよね。オークキングの肉だってセシリアさんがタダでくれましたし」
「よかったわ」
セシリアは胸を撫でおろすと、再度席に座った。
「ガルドさん、美味しい料理をありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
◇
翌朝。
いつも通りの時間に起きた俺は、暖簾を手にして店の表へ出た。
朝の空気が残る通りには、開店前だというのに長い行列が伸びていた。
「……何があったんだ……」




