第48話 こんないいオーク肉に出会えるとは……
オークキングの死体を前に、セシリアは解体刀の柄を握り直した。
刃先を皮膚の表面へ当て、引き切ろうと力を込める。
――キン。
乾いた金属音が響いた。刃先が滑り、分厚い皮膚には細い筋すらつかない。
角度を変え、刃の元近くを使って押し込んでみても。
――キンッ。
やはり刃は弾かれた。
「うそ……」
刃こぼれこそ起こしていないが、肉へ入っていく気配が全くない。
指先でオークキングの皮膚を押してみると、鉄板でも叩いているような感触が返ってきた。力任せに叩き切れば刃が砕ける。セシリアは手首を引いて刃を収めた。
そこへ、オークの処理を終えた騎士が近づいてきた。後ろの荷台には、解体されて布で包まれたオーク肉が積み上がっている。
「殿下、お手伝いいたしましょうか」
セシリアは再びオークキングに目を落とす。
できることなら、このオークキングも自分の手で最後まで捌き切り、ガルドに見せたかった。「自分でここまでできました」と。
ただ、今はそうもいっていられない。
「……ええ、お願いするわ」
「では」
騎士は腰の剣を抜くと、オークキングの右足の関節へと狙いを定め、そのまま上段から振り下ろす。
――ガキン!
皮膚に薄い傷がついた程度。
それどころか、衝撃に耐え切れなくなった刃先が半ばから折れ飛び、乾いた音を立てて草むらへ転がった。
騎士は手元に残った無残な折れ身を見ると、慌てて振り返った。
「で、殿下、お怪我は!」
「大丈夫よ。それにしても、想像以上ね」
セシリアは屈み込むと、手を軽く握り指の関節でオークキングの腹を叩いてみた。
コンコンと、乾燥した木材のような音が返ってくる。
後ろで見守っていた研究者の一人が、恐る恐る右手を挙げた。
「殿下、でしたら……先ほどお使いになられた片刃剣を使われてはいかがでしょうか。あれならば、この皮膚も易々と断てるかと」
「駄目よ」
即答。
「な、なぜですか。あれほど見事に斬っておられたではありませんか」
「これは解体するための剣じゃないわ」
セシリアは布に包んだ片刃剣へ手を触れた。
「ガルドさんが言っていたの。用途に応じて、刃は使い分けないといけないって。私はこの剣を肉を捌くために作ったわけじゃないし、ガルドさんも多分同じ……」
「ですが……これでは持ち帰ることも叶いません」
「丸ごと運ぶわ」
「えっ、丸ごと、ですか!?」
大きい。だが、オークジェネラルと比べるといくらか小ぶりで、荷台にも無理をすれば収まりそうだ。
「だって、この片刃剣で解体したなんて知られたら、ガルドさんに怒られちゃうもの」
「そ、そうでしょうか……ガルド殿がそのようなことで腹を立てるとは思えませんが……」
「私の方が、ガルドさんと話したことが多いのよ」
研究者は口をつぐんだ。
「それじゃあ、あなたたちはこっちを持って」
オークキングを載せた荷台の縄を掴むと、研究者たちの前へやった。
「殿下、これは……?」
「私たちで運ぶのよ。王宮の馬車を使ったら、ガルドさんに届ける前に大騒ぎになってしまうでしょう?」
「は、はあ……!?」
セシリアは他の荷台を指さしながらテキパキと指示を出していく。
「残りのオークの肉は、先に王宮へ運んでおいて頂戴。全部は持って行けないから」
「御意!」
騎士たちは荷台を馬につなぎ、手綱を引いて街道を王都へ向かって駆け出していった。
「あ、ああっ、置いていかないでください~~!」
走り去る荷台の土埃を見送りながら、細身の研究者がその場に膝をついた。
「さあ、私たちも行くわよ」
セシリアが荷台の太い縄を肩にかけ、踏み込んだ。
ギギギ、と車軸が重い音を立てて回り始める。
◇
日も落ちかけて、店の前に出来た行列が通りまで伸び始めた頃だった。
「王女殿下!? 王女殿下じゃないか……!」
「あ、あれはオーク……オークキング!?」
なにやら表通りが騒がしい。またレオンが来たのだろうか。
暖簾をくぐって外の様子を見ると、口元に人差し指を立てるセシリアがいた。その背後には、泥と汗にまみれて今にも倒れそうな男たちが数人。
セシリアの顔を見て、金貨袋のことを思い出した俺は、すぐに厨房へ戻って引き出しを開いた。
あの疲れた感じ、かなり遠くから急いで戻ってきたのだろうか。
こうしちゃいられない。早く渡さないと。
「セシリアさん、よかった来てくれて」
小走りでセシリアの方へ向かう。
「これ、忘れものですよ」
セシリアは不思議そうな顔で受け取った布袋を覗き込んだ。
「ガルドさん、これはお代としてお渡ししたものだけど……」
「え?」
俺の見間違いだっただろうか。確かに金貨五枚が入ってたはず。
押し返された、布袋の開いた口を見る。
やっぱり金貨じゃないか。
「いや、うちの料理を全員分あわせても、銀貨数枚で収まりますよ。金貨五枚なんて多すぎます」
「勉強代です。いろいろ教えていただいたから」
「べ、勉強代!? そんなメニューはうちにはありませんよ」
いや、そんなことより、
セシリアの後ろにある物が気になって仕方がない。
あの黒ずんだ皮膚。オークジェネラル特有なものだが、あの浮き上がった血管。討伐されてから時間が経ったのか、濁った色になっているが……。
あれは間違いなく、オークキング。
欲しい。
「セ、セシリアさん、あのオーク肉は……」
人差し指が震えていた。
あれを調理したらどんな美味い肉になるだろうか。
セシリアが目を輝かせて両手を広げた。
「そうよ。ガルドさん、あなたに捌いてほしくて持って来たの」
え、俺に?
「いいんですか!? いや、しかしオークキング……いくら支払えば譲ってもらえるのか……」
「お代なんていらないわ」
信じられない。俺はセシリアの肩を掴んでいた。
「オ、オークキングですよ! そんなにお目にかかれるもんじゃあない! それをタダだなんて……」
セシリアは少し頬を赤らめると、目を逸らした。
「代わりに……これで美味しい料理を作ってほしいの」
「任せてください」
二つ返事で引き受けた。
荷台に載ったオークキングに駆け寄り、その鋼鉄のような皮膚に触れる。
やはり硬い。だが、奥には確かな肉の弾力がある。
早速、解体用の出刃包丁を取り出し、刃を入れる。
「おっちゃんと王女様、どういう関係なんだ……?」
「しーっ、お忍びなんだから黙ってろって」
なにやらざわついていたが、耳に入ってこない。
包丁の刃先で皮膚の感触を確かめる。
後脚の根元と装甲板が重なり合う僅かな隙間へ、包丁の先を滑り込ませた。
角度を調整し、刃の重みと手首の力を以てして筋を断つ。
――スッ。
包丁が奥まで入り込み、骨の関節を滑らかにすり抜けた。
軽く手前へ引くと、分厚い肉塊が綺麗な断面を見せて倒れ込む。
見事なサシの入った、深く澄んだ赤身の肉が顔を出した。
こいつはいい。
肉の締まり具合、脂の質、どれをとってもいつものオーク肉とは比べ物にならない。
こんないいオーク肉に出会えるとは……セシリアに感謝しないとな。
俺は出刃包丁を握り直し、次の部位へと刃先を向けた。
料理するのが待ち遠しい。




