第44話 料理だって同じでしょう
男は出刃の波打つ境界線を指先でなぞりながら、口を開いた。
「これ……刃と背で金属の色が違いますね。もしかして、違う種類の鋼を使っているんですか?」
「ええ、そうですよ」
ドンッ!
「それだ!」
ヤケ酒の客がよくやる音が響いた。今はまだその時間ではないはずだが……。
見るとバラムが両腕をカウンターに叩きつけて立ち上がっていた。
至近距離でこれをやられると心臓に悪い。
「バラムさん……?」
バラムは身を乗り出し、言葉を畳みかけてきた。
「いや、お前が片刃剣を作った後な。俺も同じものを作ろうと何度も試したんだが……やっぱり割れちまってな。どうしてあんなに上手くできたんだ?」
バラムの肩に隣に座っていた若い男が慌てて手を添えた。
「バラムさん、落ち着いてください」
肩を叩かれたバラムは店内を見渡した後、腰を下ろした。
「……すまん」
客がまばらなうちで良かった。
「お前たちは気にならないのか?」
若い男はバラムから視線を逸らした。
「いえ、僕は鍛冶師じゃ――」
コツン。
カウンターの下で、小さな硬い音が響いた。
若い男の体がびくっと跳ね上がった。
「僕は鍛冶師じゃ、まだまだ見習いの方ですし! そんな高度な技術を理解するには早いかなと!」
それは勿体ない。若いうちからいろいろ吸収しておいた方がこの男のためにもなるだろう。
お節介かもしれないけど……。
「そうですねぇ……バラムさんは、もしかして魔鉱石を刃に使っていますか?」
「ああ。あれは硬くて、切れ味も長持ちするからな」
「どうりで」
若い男は先程の言葉の割には存外興味がありそうに俺の方を見ている。
「この包丁は、性質の違う鋼を組み合わせてはいるんですが。鋼にも相性というものがあるんです」
出刃の背を指で示しながら言葉を続ける。
「例えばですね、魔鉱石と鋼みたいな性質そのものが大きく違う素材を無理に合わせようとすると、うまくいきません。無理に繋いでも、かえって接合部から劣化を早めることになってしまうんです」
厨房の奥へ行き、麦酒を木杯に注ぐ。
「料理だって同じでしょう。どちらも美味い食材だからといって、適当に組み合わせれば美味しくなるとは限りませんからね。互いを伸ばせる組み合わせを考えないと、逆に長所を潰し合ってしまいます」
木杯をバラムの前に置いた。
「例えば、オーク肉の煮込みと、冷えた麦酒みたいに」
バラムは杯を掴むと、グイっと喉へ流し込む。
いい飲みっぷりだ。
「……ああ。最高だ」
若い男が縋るような目でこちらを見上げてきた。
「では……魔鉱石を刃に使うには、どうすればいいのでしょうか? 聖剣の刃は、魔鉱石から作られていますが……」
セシリアが片手を額に当て、天井を見上げていた。
さてはバラムの飲みっぷりを見て麦酒が欲しくなったんだろうな。
今日はたくさんお仲間を連れてきてくれたことだし、サービスしておこう。
「セシリアさんもどうぞ」
「……頂くわ」
注ぎたての麦酒をセシリアに差し出しながら、少し考える。
「そうですねぇ。魔鉱石で刃を作るとなると、刀身全体も魔鉱石で作る必要がありそうですが……」
俺の言葉に、セシリアが杯をトンと置いた。
「私もそれはやったことがあるわ」
ほう。
「でも、硬くて切れるだけの剣になってしまったの。切れば切るほど手に衝撃が響いて、腕が痺れてくるわ。とても聖剣なんて呼べるものじゃなかった」
「セシリアさんは、聖剣を使ったことがあるんですか?」
「……あ、あるわけないでしょう。王家の秘宝なんだから」
若い男がカウンターに突っ伏して、肩を震わせている。
コツン。
再びカウンターの下から小さな音が響くと、若い男は背筋をぴんと伸ばして両手で顔を覆った。
体調でも悪いんだろうか。
「お手洗いはあちらですよ」
「い、いえお構いなく」
顔が真っ青だ。本当に大丈夫なんだろうか。
「……おそらく、粘りが足りなかったんじゃないでしょうか」
「粘り?」
「ええ。魔鉱石は硬いですからね。あのまま使うと刃が受けた衝撃を逃がせなくなってしまうんですよ」
俺も昔は硬すぎる包丁も作ったことはある。あれは流石に使いにくかったな。
「でも、別の素材を使えば割れてしまうのでしょう?」
「そうですねぇ。ですから、同じ魔鉱石の中でもとびきり粘りのあるものを使うのはどうでしょうか」
セシリアは手をわなわなと震わせて、勢いよく立ち上がった。
「それだわ!」
「どうしたんです?」
聞き返す間もなく、セシリアは布袋をポンと置いた。
「ごちそうさま! おつりはいらないわ」
「え、あ、はい……」
セシリアが背を向けて店を飛び出すと、連れの男たちも慌てて立ち上がった。
「ごちそうさまでした!」
「失礼します!」
代わる代わる頭を下げ、セシリアの後を追っていく。
律儀な人たちだなぁ。
バラムはというと、立ち上がりながら麦酒を飲み干していた。
「また来る」
「ええ、いつでも」
バラムが出て行き、食器を片付けようとカウンターに目をやる。
お代として置かれた布袋を開くと中には金貨が五枚も入っていた。
セシリア、もしかしてお代と間違えてこれを置いていったんだろうか。
こんな大金、無くしたら困るだろう。
俺も急いでセシリアたちの後を追った。




