第42話 忍び足の訪問
研究者の一人が手帳を開き、羽ペンを構えた。
「では、ガルド殿に王宮へ来ていただく手続きを――」
「それは駄目と言ってるでしょう」
セシリアが手を横に振った。
研究者が羽ペンを止め、顔を上げる。
「駄目、でございますか?」
「前も言ったでしょう。ガルドさんが身構えてしまうわ」
セシリアは作業台に置かれた革表紙の記録集を、指先で叩いた。
「私たちが知りたいのは取り繕った答えなんかじゃなくて、あの人が普段、何を考えて刃を作っているのかでしょう?」
研究者たちは引きつった顔で「……はぁ」と返す。
「だから、私たちが王宮関係者だということは隠すわ」
研究者は口をもごつかせながら手帳を閉じた。
「ですが殿下、どのような立場で接するおつもりで?」
「私たちは、工房の知り合い同士よ。バラムがガルドさんと知り合いで、その縁で私たちも知り合った。王都の工房に関係する職人、ということにするわ」
「……我々も職人ですか?」
研究者は自分の細い腕に目を落とすと、二の腕を軽く揉んだ。
「そうよ」
研究者は何か言い返すわけでもなく、目を泳がせた。
「……はぁ」
「何よ」
「いえ……承知しました」
セシリアの声が弾む。
「ちなみに、私は鍛冶をやっている娘ね」
「娘……でございますか」
研究者は右手で額を抑えた。
「何か問題ある?」
「いえ。ただ、殿下が……」
「その『殿下』も禁止」
セシリアは人差し指を揺らして見せた。
「いい? 王宮から来たとは口が裂けても言わないでね。絶対よ?」
研究者の一人が首筋を擦りながら、声を漏らした。
「ですが、普段から殿下とお呼びしているもので……」
「今日はセシリアでいいわ」
「セシリア……様?」
「様なんて鍛冶屋の娘につけるかしら?」
「セシリア……」
「それでいいわ」
研究者が妙にぎこちなく頷いた。
「……はぁ」
傍らで道具箱をいじっていたバラムが鼻で息を鳴らした。
「で、今回はガルド殿には何を尋ねるのでしょう?」
研究者が尋ねた。
「包丁についてよ」
「またですか?」
「ええ、この片刃剣を作る際に包丁を作る方法を使ったとガルドさんは言ってたの」
セシリアは作業台に置いた片刃剣へ手を添える。
「あなたたちも見たでしょう。この剣が鉄を斬るのを」
研究者は手帳の角を弄りながら、セシリアへ視線を向けた。
「しかし、我々が王宮の人間だと気づかれる可能性は?」
「大丈夫よ」
「なぜです?」
「ガルドさんは、相手が誰かより、何を作っている人なのかを見るもの。普通に話していれば大丈夫よ」
研究者たちは伏し目がちになりながら、返事を濁す。
「そうでございますか」
「よし、それじゃあ出発の確認よ」
セシリアが全員を見渡した。
「王宮関係者じゃない! 工房の知り合い! 私はセシリア! ガルドさんには普通に接する!」
研究者たちが順に頷いていく。
最後に一番若い研究者が、おずおずと手を挙げた。
「あの……もし、うっかり『殿下』と呼んでしまったら?」
「その時は止めるわ」
「……どうやって?」
「足を踏む」
「……はぁ」
研究者が青ざめる横で、バラムが工具の金具を留めながら呟いた。
「それなら分かりやすいな。どれ、いま予行演習しておくか」
「バラムさんまで!」
若い研究者の頬からは強張りが解けていた。
◇
王宮の門をくぐり、一行は王都の喧騒の中へと踏み出した。
石畳の道を歩くセシリアの足取りは軽やかで、どこか楽しそうですらあった。
対照的に、セシリアの両脇を歩く研究者たちは、周囲が気になりきょろきょろと見回していた。バラムだけが、いつも通りの無表情で背後に続いていた。
大通りの雑踏を抜け、住宅街と商業街の境目にある路地へと入る。
目的の食堂が視界に入った。
素朴な木造の店舗。木製の看板には簡素な文字で店名が刻まれている。
ガルドの食堂。
セシリアが足を止めた。
続く研究者たちとバラムも、一斉に立ち止まる。
セシリアは振り返り、一人ずつ服装を確認した。
「最後にもう一度確認するわ」
研究者たちが背筋を正す。
「今日は王宮の人間じゃない」
「工房の知り合い」
「私のことはセシリア」
全員が低い声で頷いた。
セシリアが扉の取っ手へ手を伸ばす。
「それじゃあ――行くわよ」




