第41話 鉄を斬る剣
王宮・古式鍛冶研究室。
セシリアは作業台前に腰を掛け、傍らに置いた布包みを眺めていた。
扉が開き、文官が入室してくる。
文官はセシリアの前まで進むと、深く一礼した。
「殿下、先日の件についてご報告がございます」
「聞かせてちょうだい」
「は。先日の聖剣包丁の件ですが、関係する商会および工房への名称変更の通達は完了しており、現在、各所への周知を進めている段階でございます」
「そう。大きな騒ぎにならなくて良かったわ。ご苦労さま」
「恐縮でございます。それでは、失礼いたします」
文官が再び頭を下げ、部屋を退出していった。
その背中を見送っていた研究者の一人が、眼鏡の端を指で押し上げながらセシリアの傍らへ歩み寄る。
「……ところで殿下。そのお持ちのものは?」
「ああ、これ?」
セシリアは布の結び目に手をかけた。
「剣よ」
「剣、でございますか?」
セシリアが結び目を解き、厚手の布を左右へ広げた。
現れた刀身に、その場にいた研究者たちは息を呑んだ。
片刃。
大きく滑らかな曲線を描いて湾曲した刀身。
背は分厚く鍛え上げられ、刃先に向かって急激に薄くなっている。
軍で用いられる両刃の直剣とは、似ても似つかない。
「これは……」
「片刃、ですか」
「かなり深く曲がっていますね。通常の剣とは、ずいぶん形が違いますが……」
研究者は手袋をはめた手で、柄の近くへ触れた。
「失礼ながら殿下……これを剣と呼んでよろしいのでしょうか」
「そう見えるでしょう? ガルドさんに作ってもらったの」
「ガルド殿が?」
研究者たちが顔を見合わせた。
「ええ」
「……ガルド殿が、剣を、でございますか?」
「そうよ。聖剣の再現に使えるかもしれないと思って持ってきたの」
研究者が室内を見回し、扉へ視線を送る。
「殿下。よろしければ、実際に騎士へ扱わせてみてはいかがでしょう」
「ええ。お願いするわ」
演習場へ騎士を呼び寄せた。
鍛錬の行き届いた身体つきで、腰には使い込まれた剣を下げている。
「殿下、お呼びでしょうか」
「この剣を試してほしいの」
「承知いたしました」
騎士は一礼し、セシリアから片刃の剣を受け取った。
眉間がわずかに寄る。
「……軽い、というより……重さの位置が違いますね」
騎士は距離を取り、剣を構えた。
そのまま空を切る。
シュッ、と風を裂く音が響いたが、二撃目の振り戻しで騎士の肘が、不自然に跳ねた。
「……かなり独特ですね」
研究者が歩み寄る。
「扱えませんか?」
「いえ。扱えないわけではありません」
騎士は刀身を見ながら首を横に振った。
「ですが、普段の剣とはまるで違います。斬り返しの感覚も、突きを出すにも。何より、振り抜いたあと、身体が剣に引かれるような感覚があります。どうにも腕の振りと刀身の動きが……」
セシリアが騎士に向かって手を差し出した。
「私が使ってみてもいい?」
「もちろんでございます、殿下」
騎士からセシリアへ、剣が手渡された。
セシリアが柄を握り直す。
先ほど騎士が握ったときにはどこか身体から浮いていた剣が、セシリアの手の中では妙に収まりがいい。
肩から手首、そして曲がった刀身までが一筋のなめらかな線となって繋がる。
「……」
「何?」
「いえ……」
研究者が頑丈な木製の台座を引き出してきた。
台座には、実戦で用いられる分厚い鉄製の胸当てが固定されている。
「殿下。こちらをお使いください」
「分かったわ」
セシリアは鉄板の前に立つ。
刃を滑らせるように斜め下へ振り下ろした。
ズッ、と湿った重い音が落ちる。
湾曲した刃がそのまま奥へ入っていった。
刃が通り抜ける。
鉄の胸当て上部が鈍い音を立てて転がった。
騎士が切断された鉄の胸当てに駆け寄る。
「……鉄鎧を、斬ったのですか?」
騎士は近づき、切断面へ顔を近づけた。指先で切り口のフチを撫でる。
「……あり得ない。普通はこうはなりません」
騎士は切り口を研究者たちに見せるように指し示した。
「厚い鉄に斬撃を加えれば、普通は刃が食い込む前に鉄がへこむ。鎧相手では、斬るというより叩き潰すような結果になることも珍しくありません。ですが、これは……」
切断面の鉄は、歪んでいなかった。
研究者たちも駆け寄ってきて、覗き込む。
「……こんなに綺麗に……」
「力が……そのまま刃の軌道へ乗っている……?」
研究者の一人が、呟いた。
「使い手の意を汲み、動きを阻害せず……力がそのまま刃へと伝わる」
研究者は切断された鉄鎧を見つめた。
「いや、まさかな」
研究者は騎士へ視線を向けた。
「先ほど、あなたはこの剣をかなり扱いづらそうにしておられましたね」
「はい。私には、使い慣れた長剣の方が遥かに扱いやすいです」
騎士はそう答え、続いてセシリアの手元を見た。
「ですが……殿下の手には、そこにあるのが当たり前であるかのように馴染んでいました」
「ガルド殿は……これを聖剣の研究として作られたのですか?」
「いいえ」
セシリアは可笑しそうに首を振った。
「ガルドさんは聖剣のことなんて、ほとんど知らないわ。私がどうやって剣を振って、どうやって身体を動かすのかを見ていたの。それで試してみましょうって」
しばらく、誰も口を開かなかった。
研究者がセシリアに向かって深く頭を下げる。
「殿下。厚かましいお願いではございますが……この剣を、もう少しの間詳しく調べさせていただくお許しをいただけますでしょうか」
「もちろんよ。ただし、壊さないでね」
「勿論でございます。細心の注意を払います」
研究者の一人が、長い息を吐いた。
「……一度、ガルド殿本人から話を聞いてみたいものです」
「でも、きっとあの人は『ただの包丁作りの延長だ』って笑うでしょうね」




