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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第6章 偽聖剣

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第40話 その剣、誰が使うんだ?

 グランツ工房の炉は、もう何日も火が落ちていた。


 煙を吐き出さなくなった煙突は、ただ黒い口を開けている。

 作業台の周囲には、研ぎ上げられた剣が数本、壁に立て掛けられたまま埃を被っていた。

 床には傾いた酒瓶が転がり、乾いた木屑と混ざり合っている。


 レオンは作業台の前の丸椅子に深く腰掛け、両手を膝の間に落としたまま動かなかった。


 目の前の卓上には、鍛冶ハンマーも、鏨も、砥石すらない。

 ただ、冷え切った金床の黒い塊だけが置かれている。


 聖剣包丁の札を立てて売ることは、王宮からの通達で禁じられた。

 商会からの引き合いは途絶え、市場に溢れかえった模造品の包丁は、一気に棚の奥へと追いやられたという。注文は一枚も届かなくなった。


 包丁を叩く気力もなければ、剣の槌を振るう気にもなれなかった。


「……火を入れておらんのか」


 掠れた声とともに、足音が工房の入口から響いた。


 視線だけをわずかに動かす。

 肩に羽織りを引っかけたヴァルターが、壁に手を預けながら立っていた。まだ顔色は白く、呼吸も浅い。


「……何の用だ、親父」

「商会から使いが来ておった。お前が不在の時にな」


 ヴァルターは冷え切った炉の横を通って作業台へ近づいた。


「聖剣包丁の名は使えなくなったそうだ。どこぞの商会が抱え込んでいた在庫もすべて止まった。あちこちの鍛冶場が真似て叩いたせいで、市場は売り物にならん包丁で溢れておる」

「……知ってるよ」

「それだけではない。ガルドの打ったものだと思って買った料理人どもから、返品と苦情が相次いでおるそうだ。『以前の切れ味とまるで違う』とな」


 レオンは奥歯をぎりりと噛み締めた。

 膝の上で重ねていた手が、固い拳に変わる。


「……他所の工房の連中が、調子に乗って同じ形を叩き始めたからだろ」


 低く吐き捨てる声には、鋭い刺が混ざっていた。


「調子に乗って真似しやがって……ガルドの包丁は、元々うちの工房のもんだろうが。なんで他所の鍛冶屋が甘い汁吸ってんだ」


 ヴァルターはただレオンの顔を見つめていた。


 沈黙に耐えかねたようにレオンは立ち上がり、作業台の端を拳で叩きつけた。木板が大きな音を立てて跳ねる。


「料理人どもなんてな、技術なんか見ちゃいねえんだよ! ガルドの評判と聖剣って名前だけに飛びついてただけだ! 名前さえついてりゃ何でも買い叩いてたくせに、今さら違いがどうこう言い出しやがって!」

「お前は、ガルドの名前だけで包丁が選ばれていたと思っておるのか」

「そうだろ!」


 レオンは吐き捨てるように叫んだ。


「俺の打った包丁の方が、切れ味なら鋭いはずだ! 魔法鉱石を混ぜて、冷却魔法で刃先も硬く締めた! 技術なら俺の方が上なんだよ! なのにあいつらは『刃が入る感覚が違う』だの『使ってると手にかかる』だの抜かしやがった! 道具としての切れ味は俺の作の方が上なんだ! 客は名前しか見てねえんだよ!」


 激しい呼吸の音が、工房に響く。

 レオンは息を荒らげながら、ヴァルターを睨みつけた。


 己の技術をすべて注ぎ込んだ。

 それなのに否定され、ガルドの影を塗っただけの模造品の方が売れた。

 そして今や、その名前すら使えなくなって捨てられた。

 技術など、最初から誰にも見られていなかったのだ。


 ヴァルターは目を閉じ、レオンの肩を叩いた。


「どれ。一本打ってみろ」

「……は?」

「鉄を叩けと言っておる」

「今さら売れねえ包丁を打って何になるってんだ」


 レオンは鼻で笑い、再び椅子へ腰を下ろそうとした。


「最近のお前ときたら、酒を飲んでは外をふらふらしているばかりで、鉄に触れておらんのだろう。手が鈍る」

「うるせえな……」


 レオンの視線が、工房の隅へと向いた。


 そこには、ガルドを追放してから夜まで炉に立ち、何本も叩き続けてきた剣が積まれている。

 ガルドを追い出し、自分がこの工房の主として立つために、血を吐く思いで叩き続けた剣だ。


 だが、それらは一向に売れなかった。

 いくら剣を打っても買われず、見下していたガルドの包丁ばかりが噂になり、そして今、すべてが崩れ去った。


「あの剣だって、あの有り様なんだぞ……」


 レオンの声から、急に熱が抜けた。


「いまさら剣を打ったって、誰も買いやしねえよ」


 ヴァルターは身を翻すと、棚から火種を取り、冷え切った炉へ向かって足を進めた。


「おい、親父! 何してんだ!」

「……っ、ふ……っ」


 重い炭の袋を持ち上げようとしたヴァルターが、激しく咳き込んだ。細い肩が大きく上下し、膝ががくぐりと折れそうになる。


「無理するなって言ってるだろうが!」


 レオンは飛び起きると、ヴァルターの手から強引に炭袋をひっつかんだ。


「体も戻ってねえくせに、余計なことすんじゃねえよ! どけ!」


 粗暴にヴァルターを脇へ押しやると、レオンは炭を炉へ放り込み、火種を注いだ。


 風を送ると、乾いた音を立てて火花が散る。

 黒かった炭が次第に赤みを帯び、炉に熱が戻っていく。


 レオンは息を整えながら、棚から鉄塊を掴み取った。


「叩けばいいんだろ、叩けば! 見てろよ!」


 火床の奥深くに鉄を突っ込む。

 赤く染まっていく鉄の色を、レオンの目が捉えていた。


 十分に染まったところでレオンは鉄を引き抜く。


 金床の上に叩きつける。

 右手で重いハンマーを掲げ、振り下ろした。


 キン、と高く澄んだ音が工房内に鳴り響く。


 叩き。引き延ばし。折り返す。


 火花が四方に飛び散り、赤い鉄の塊が、剣を形作っていく。

 リズムよく響く槌音を聞きながら、ヴァルターは火床の脇に腰を下ろし、その手元を見つめていた。


「その剣、誰が使うんだ?」


 ハンマーを振るうレオンの腕が、止まりかけた。

 が、そのまま勢いをつけて鉄を叩きつける。


「騎士か冒険者だろうが! 剣なんだから当たり前だ!」

「誰だ?」


「……はあ? 誰だっていいだろうが! 買いに来た奴が使うんだよ!」

「ガルドはな」


 ヴァルターは燃え盛る火床を見つめた。


「客一人ひとりのことを考えて打っておった」

「……またガルドかよ!」

「隣の宿の主人には、右手に古い傷があった。だから握りを少し太くして、手に力を込めなくても済むようにしておった」


 ハンマーを叩きつける音が、荒くなった。


「別の料理人にはな、朝から晩まで解体を続けても腕が張らんよう、刃を薄く調整しておった。使う人間がどう動くか、どこに力をかけるかを最後まで見ておったよ」


「うるせえんだよ!」


 レオンは金床の上の鉄を強く叩きつけた。


「ガルド、ガルドって、親父はそればっかりだ! あいつはただの包丁職人だろうが! 俺は剣を打ってんだよ! 親父は黙って見てろ!」


 炉の熱を浴び顔を真っ赤にしたまま、レオンは焼き入れの作業へと移った。


 水槽に赤熱した刃を叩き込む。

 激しい水蒸気が立ち上る。


 砥石の上で刃を滑らせる音が、規則正しく響く。


 小一時間後。

 レオンは研ぎ上がった剣を高く掲げた。


 ランプの光を鋭い刃筋が白く返している。


 レオンは作業台の脇に置かれていた太い木材を引き寄せると、両手で剣を握り締め、一気に振り下ろした。


 パカン、と乾いた音が響く。

 角材が二つに割れて床へ転がった。


「どうだ!」


 レオンは肩で息をしながら、剣を突き出した。


「切れるだろうが! 腕はなまっちゃいねえ! 俺の鍛えも、刃付けも、完璧なんだよ!」


 息を荒らげるレオンの前で、ヴァルターは腰を上げた。


 ヴァルターの視線は、差し出された剣の刃先ではなく、それを握りしめているレオンの手元に向けられていた。


「……切り口は見事だ。切れ味も文句はない。それで、使いやすさはどうだった?」


「……あ?」


 レオンは自分の右手を見下ろした。


「……使いやすさ……?」


 剣を固く握りしめていた右手が、微かに震えていた。

 手のひらの皮膚が赤く圧迫され、指の関節には鈍い痺れが残っている。


 太い角材を一刀両断にした一撃の衝撃が、手首から肘を通って、肩まで重く残っていた。

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