第38話 王都の市場と流行りもの
バラムの工房を後にした俺は、そのまま王都の大通りへと向かって歩を進めていた。
せっかくの休みだ。
普段は仕入れない食材でも探してみるか。
新しい食材を見れば献立も捗る。
活気に溢れる王都の市場には、瑞々しい根菜や、見慣れぬ果物、水揚げされたばかりの川魚などが並んでいた。
その中で、肉屋の店頭に並べられた見事な肉のかたまりに目が留まった。
「ほう……このオークのバラ肉か。良い脂の乗り方をしているな」
部位を確かめ、切り口の繊維を見る。
この脂の入り具合、仕入れておかねば損というものだ。
酢や果実の酸味を効かせたタレで煮込むのも面白そうだ。
臭み消しに強めの香草を散らし、根菜と一緒にじっくり弱火で煮込めば、肉の旨味がスープに溶け出して柔らかな食感になるはずだ。
少し厚めに切り分けて表面だけを軽く炙り、食感を残したまま出すのも捨てがたい。
肉を見ているだけで、次々と料理が浮かんでくる。
「……よし、これを少し分けてもらうか」
肉の仕込みを頭の中で楽しんでいると、横から声がかかった。
「おう、おっちゃん。料理人だろ?」
振り返ると、手押し車に雑多な刃物や調理道具を並べた小柄な商人が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。
「ええ、そうですよ」
「やっぱりな。さっきから肉の見方が料理人そのものだったからよ。その目は素人じゃねえ」
商人は鼻を鳴らし、自分の商品棚へと手招きした。
「あんたにいいものがあるんだ。見ていかないか?」
「ほう?」
食材だろうか。
楽しみだ。
「くく、料理人なら生唾を飲み込むような……極上の道具だ」
商人は周囲を少し警戒するように見回してから、布で覆われた長箱を取り出した。
「最近、王都で話題になってる聖剣包丁って知ってるか?」
「……聖剣ですか」
最近は、どこも聖剣というのが流行っているのだろうか。
流行り廃りには疎い俺だが、立て続けに同じ言葉を聞くと、世間の流行というものを少し意識させられる。
「まあな。だが、ただの流行りものじゃねえぞ。これを見てみな」
商人が恭しく布をめくる。
中に収められていたのは、一丁の包丁だった。
刃の厚み、全体の形状、柄の付け方。
なんとなく、俺の店で普段使っている包丁と全体の輪郭が似ている気がする。
「どうだ? 王都の大商会が囲い込んでる伝説の職人が打ったって噂の逸品だ。『聖剣みたいに切れる』って大評判でな。どんな固い肉もスッと刃が入るらしい。今なら特別に、金貨三枚で譲ってやるぜ」
俺は断りを入れ、その包丁を手に取らせてもらった。
重みとバランスを確かめる。
丁寧な仕事だ。
刃も悪くない。
ただ、俺ならこうは作らないという感触だった。
「どうだ、おっちゃん? 試し斬りしてみるか? そこのカブを落としてみてもいいぞ」
「いえ。包丁は間に合っているので、結構です」
俺は包丁をそっと箱に戻した。
「そうかい。まあ、冷やかしなら仕方ねえな」
商人は少しつまらなさそうに布を被せ直した。
商人にお礼を言ってその場を離れながら、俺はふとバラムの事を思い出していた。
そういえば……バラムが俺の包丁を見たとき、『まるで聖剣みたいだ』と言っていたことがあった。
今見た包丁と、俺の包丁。
確かに、形が少し似ている。
バラムは鍛冶職人だから、こういう流行りの包丁を知っていたのだろう。
だから俺の包丁を見たときにも、その聖剣包丁というやつを連想して、あんな例えを出したんだろうか。
今度バラムに会ったら、ちゃんと説明しておかないとな。
変な勘違いをさせたままなのは、なんだか決まりが悪い。
そんなことを考えながら、オーク肉を買って市場の奥へと歩みを進めた。
大通りを進むにつれて、街の空気がどこか落ち着かない。
甲冑を着た騎士たちの姿が、普段より明らかに多い。
二人組、三人組で街路を巡回し、通りかかる商人や通行人に視線を光らせている。
「……おい、噂は本当なのか?」
「ああ、王都の鍛冶街の方でも騒ぎになってるらしいぜ」
「本物が出回ったって話は……」
露店の陰で、商人たちが声をひそめて話し合っているのが耳に入った。
すれ違う人々の会話の中にも、ちらほらと「聖剣」という言葉が混ざっている。
今日はやけに聖剣という言葉を耳にする。
何か大きな催しでもあるのだろうか。
オーク肉の包みを抱え直し、俺は王都の門へ向かって歩き出した。
このオーク肉をどう調理するか、楽しみだ。




