第37話 包丁も、剣も、使い手がいてこそ光るんでしょう
仕上げの作業に移った。
バラムの作業場から砥石を借りる。
包丁を磨くときに使い慣れた手砥石とは寸法が少し違うが、表面の粒子を指先で確認し、水を含ませる感覚に大きな違いはない。
刀身の粗い肌を、徐々に細やかな砥石の面へ滑らせていく。
ガリガリと鈍い音が削り台から響く。
刃先の微細なブレを、目と指腹の感覚だけで均していく。
バラムが横で腕を組み、俺の手元を見ていた。
「……砥ぎの呼吸も、剣職人のそれとはまるで違えな。巨大な包丁でも削ってるみたいだ」
「そうですか? 俺はこのやり方に慣れてましてね」
包丁の刃付けと同じだ。
肉を断つか、木を切るか、鉄を弾くか。
用途は違えど、刃先がどこへ力を逃がし、どこで捉えるかの理屈は変わらない。
粗砥から中砥、仕上げへと砥石を変え、刃筋の歪みを少しずつ削り落としていく。
やがて、滑らかな線を描く片刃の形が立ち現れた。
最後に柄を取り付ける。
バラムの作業場にあった木材を削り出し、茎を挟み込むように合わせた。
セシリアの手の大きさを見ながら小刀で厚みを削ぎ、仕上げに細い革紐をきつく巻き上げて固定する。
簡易的なものだが、すっぽ抜ける心配はない。
重心の位置を手の上で確かめる。
「……よし。こんなところだな」
隣で辛抱強く待っていたセシリアが喉をごくりと鳴らし、差し出された柄を両手で包み込んだ。
そして、ほんのわずかに首を傾げた。
「……変な感じがします」
「それは、また改良が必要そうですかね」
「違います。……こっちのほうが、手に馴染むというか。吸い付いてくるような……」
「そうでしたか、それなら良かったです」
俺は微笑みながら、庭の真ん中を指さした。
「少し振ってみてください」
セシリアは小さく頷き、庭の開けた場所へ移動した。
刀身を上段へ持ち上げる。
そのまま空を切り裂くように一閃させた。
ヒュンッ、と低く澄んだ風切り音が響く。
一度、二度、三度。
セシリアは何度か繰り返し、刃を振り下ろし、切り返した。
余計な肩の力が抜けている。
直剣を使っていたときに感じられた、剣先がわずかに遅れてついてくる重みも消えていた。
片側の刃ばかりで切り込もうとするセシリアの手元の癖に、刀身の形が無理なく寄り添っているようだった。
セシリアが足を止めた。
何度か刀身を見下ろし、それから握り直す。
「……これなら」
セシリアは庭の隅の方から丸太を引きずってきた。
大人の太ももほどもある厚みだ。
「まずは木くらいで試してみましょう」
庭の真ん中に丸太を立てると、深く息を吐き出し、刃を構えた。
セシリアの腕が動き、刀身が閃いた。
ッ。
水に落ちた葉が波を分けるような、滑らかな切断音が一つ響いた。
刃が丸太をすり抜けた。
丸太は元の形のまま、庭の真ん中にたたずんでいるように見えた。
セシリアもまた、振り抜いた姿勢のまま動かない。
数秒。
斜めに切り込まれた丸太の上側が、切断面に沿って滑るように、ずるり、と横へずれた。
トスッ。
柔らかい土の上に、綺麗な斜め切りの木塊が転がり落ちた。
木目がきれいな楕円を描いている。
セシリアが自分の両手を見つめ、息を呑んだ。
「……ほとんど、力を入れていません」
「凄い……セシリアさんお上手ですね」
俺は落ちた丸太の切断面を指で撫でながら、呟いた。
「いいえ、私は。……あなたの剣が良いんですよ」
「そんなに謙遜しないでください。包丁も、剣も、使い手がいてこそでしょう」
「そうは言ってもですね……」
セシリアが不思議そうに刀身を覗き込んだ。
「この作り方は……剣の技術なんですか?」
「いえ。俺が包丁を作るときに使っていた方法を、剣にも使えるかと思って試しただけですよ」
セシリアは指の腹で刃をなぞり、再び剣を構えようとした時。
鍛冶場の木戸が勢いよく開かれ、全身に甲冑を纏った騎士さんが駆け込んできた。
騎士さんは俺の方を横目で見ると、すぐにセシリアの耳元へ顔を寄せ、小さな声で何か伝えていた。
セシリアの表情が強張るのが見えた。
「……分かりました」
セシリアは騎士さんに頷くと、こちらへ振り向いた。
「すみません。急いで戻らないといけなくなりました」
「何かあったんですか?」
「あとで説明します。申し訳ありません」
立ち去ろうとしたその時、セシリアの視線が、手元にある片刃刀に落とされた。
「ガルドさん。この剣……持っていってもいいですか?」
俺は特に迷うこともなく即答した。
「ええ。俺が剣を使うことなんてありませんから。使ってくれる人が持っていたほうがいいでしょう」
「ありがとうございます」
セシリアは作業場にあった長布を借りると、刀身に傷がつかないよう手早く巻き、大切に抱え直した。
そして騎士さんとともに、足早に作業場を去っていった。
大丈夫だろうか。
俺が考えてもしょうがない。
「……まあ、俺は店に戻りますか」
貴重な休みだ。
まだ時間も余っている。
店に戻る前に、少し王都を見て回るのも悪くないかもしれない。
バラムはというと、何やら真剣な眼差しで鋼を叩いていた。
邪魔をするのも申し訳ないと思い、お礼だけ言うと、バラムの工房を後にした。




