↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第5章 聖剣職人の正体

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/68

第37話 包丁も、剣も、使い手がいてこそ光るんでしょう

 仕上げの作業に移った。


 バラムの作業場から砥石を借りる。

 包丁を磨くときに使い慣れた手砥石とは寸法が少し違うが、表面の粒子を指先で確認し、水を含ませる感覚に大きな違いはない。


 刀身の粗い肌を、徐々に細やかな砥石の面へ滑らせていく。


 ガリガリと鈍い音が削り台から響く。

 刃先の微細なブレを、目と指腹の感覚だけで均していく。


 バラムが横で腕を組み、俺の手元を見ていた。


「……砥ぎの呼吸も、剣職人のそれとはまるで違えな。巨大な包丁でも削ってるみたいだ」

「そうですか? 俺はこのやり方に慣れてましてね」


 包丁の刃付けと同じだ。

 肉を断つか、木を切るか、鉄を弾くか。

 用途は違えど、刃先がどこへ力を逃がし、どこで捉えるかの理屈は変わらない。


 粗砥から中砥、仕上げへと砥石を変え、刃筋の歪みを少しずつ削り落としていく。


 やがて、滑らかな線を描く片刃の形が立ち現れた。


 最後に柄を取り付ける。

 バラムの作業場にあった木材を削り出し、茎を挟み込むように合わせた。

 セシリアの手の大きさを見ながら小刀で厚みを削ぎ、仕上げに細い革紐をきつく巻き上げて固定する。

 簡易的なものだが、すっぽ抜ける心配はない。


 重心の位置を手の上で確かめる。


「……よし。こんなところだな」


 隣で辛抱強く待っていたセシリアが喉をごくりと鳴らし、差し出された柄を両手で包み込んだ。


 そして、ほんのわずかに首を傾げた。


「……変な感じがします」

「それは、また改良が必要そうですかね」

「違います。……こっちのほうが、手に馴染むというか。吸い付いてくるような……」

「そうでしたか、それなら良かったです」


 俺は微笑みながら、庭の真ん中を指さした。


「少し振ってみてください」


 セシリアは小さく頷き、庭の開けた場所へ移動した。


 刀身を上段へ持ち上げる。

 そのまま空を切り裂くように一閃させた。


 ヒュンッ、と低く澄んだ風切り音が響く。


 一度、二度、三度。

 セシリアは何度か繰り返し、刃を振り下ろし、切り返した。


 余計な肩の力が抜けている。

 直剣を使っていたときに感じられた、剣先がわずかに遅れてついてくる重みも消えていた。

 片側の刃ばかりで切り込もうとするセシリアの手元の癖に、刀身の形が無理なく寄り添っているようだった。


 セシリアが足を止めた。

 何度か刀身を見下ろし、それから握り直す。


「……これなら」


 セシリアは庭の隅の方から丸太を引きずってきた。

 大人の太ももほどもある厚みだ。


「まずは木くらいで試してみましょう」


 庭の真ん中に丸太を立てると、深く息を吐き出し、刃を構えた。


 セシリアの腕が動き、刀身が閃いた。


 ッ。


 水に落ちた葉が波を分けるような、滑らかな切断音が一つ響いた。


 刃が丸太をすり抜けた。

 丸太は元の形のまま、庭の真ん中にたたずんでいるように見えた。

 セシリアもまた、振り抜いた姿勢のまま動かない。


 数秒。


 斜めに切り込まれた丸太の上側が、切断面に沿って滑るように、ずるり、と横へずれた。


 トスッ。


 柔らかい土の上に、綺麗な斜め切りの木塊が転がり落ちた。


 木目がきれいな楕円を描いている。

 セシリアが自分の両手を見つめ、息を呑んだ。


「……ほとんど、力を入れていません」

「凄い……セシリアさんお上手ですね」


 俺は落ちた丸太の切断面を指で撫でながら、呟いた。


「いいえ、私は。……あなたの剣が良いんですよ」

「そんなに謙遜しないでください。包丁も、剣も、使い手がいてこそでしょう」

「そうは言ってもですね……」


 セシリアが不思議そうに刀身を覗き込んだ。


「この作り方は……剣の技術なんですか?」

「いえ。俺が包丁を作るときに使っていた方法を、剣にも使えるかと思って試しただけですよ」


 セシリアは指の腹で刃をなぞり、再び剣を構えようとした時。


 鍛冶場の木戸が勢いよく開かれ、全身に甲冑を纏った騎士さんが駆け込んできた。


 騎士さんは俺の方を横目で見ると、すぐにセシリアの耳元へ顔を寄せ、小さな声で何か伝えていた。


 セシリアの表情が強張るのが見えた。


「……分かりました」


 セシリアは騎士さんに頷くと、こちらへ振り向いた。


「すみません。急いで戻らないといけなくなりました」

「何かあったんですか?」

「あとで説明します。申し訳ありません」


 立ち去ろうとしたその時、セシリアの視線が、手元にある片刃刀に落とされた。


「ガルドさん。この剣……持っていってもいいですか?」


 俺は特に迷うこともなく即答した。


「ええ。俺が剣を使うことなんてありませんから。使ってくれる人が持っていたほうがいいでしょう」

「ありがとうございます」


 セシリアは作業場にあった長布を借りると、刀身に傷がつかないよう手早く巻き、大切に抱え直した。

 そして騎士さんとともに、足早に作業場を去っていった。


 大丈夫だろうか。

 俺が考えてもしょうがない。


「……まあ、俺は店に戻りますか」


 貴重な休みだ。

 まだ時間も余っている。

 店に戻る前に、少し王都を見て回るのも悪くないかもしれない。


 バラムはというと、何やら真剣な眼差しで鋼を叩いていた。

 邪魔をするのも申し訳ないと思い、お礼だけ言うと、バラムの工房を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。