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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第5章 聖剣職人の正体

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第36話 片刃刀

「よし。じゃあ早速叩いてみましょう」


 俺は作業場の中心にある炉へ視線を向けた。

 赤々と爆ぜる炭の熱気に、じわりと汗が浮いた。


 バラムが腕を組み、炉と俺を交互に見やった。


「まず何からやる?」

「まずは鋼を見せてもらえますか」


 バラムは頷き、棚の奥から鍛造用の鋼材を取り出した。

 長方形に整えられた、ずっしりと重みのある鋼の塊が手渡される。

 両手でそれを受け取り、指先で表面の肌目をなぞり、持ち上げて重さを確かめた。


「……なるほど」

「どうだ?」

「包丁に使う鋼とは少し違いますね。叩いたときの締まり方も違いそうだ」


 バラムは鼻を鳴らした。


「剣用の鋼だ。硬さと粘りの釣合いが難しくてな」

「剣の場合って、最初はどうするんです?」


 俺の問いに、バラムは眉をひそめた。


「あんた、本当に剣の打ち方を知らんのだな」

「ええ。包丁しか叩いたことがありませんから」


「……まずは鋼をタガネで割って、必要な大きさに切り分ける。それを熱して、目的の形に叩き伸ばしていくんだ」

「分かりました。じゃあ、切り分けて温めましょう」


 バラムの指示通りにタガネを当て、鋼を適切な量に叩き割った。

 それを火箸で挟み、炉の奥へ押し込む。


 赤く熾った炭の間で、鋼が徐々に色を変えていく。


 バラムが横から覗き込み、口を開きかけた。


「まだだ。芯まで熱が通るには――」


「今です」


 火箸で鋼を掴み、火床から引き出す。

 鋼は、薄い橙色と黄色が混ざった色になっていた。

 熱すぎず、冷たすぎず、叩くのに一番適した瞬間だ。


「……おい、分かるのか?」


 バラムが目を丸くした。


「鋼はこれまで何度も打ってますから。色と熱の匂いで分かりますよ」


 金床の上に鋼を置いた。

 まずは薄く叩き延ばし、少量を切り出して水に入れる。

 破断面の粗さと光沢を覗き込む。


(……ふむ、こっちは硬いが脆い。こっちは粘りが強いな)


「バラムさん、この柔らかい方の鋼も使います」

「あ? 二種類使うのか?」

「ええ。刃は硬くしたいですが、刀身全部を硬くする必要はないでしょう。刃に必要な性質と、刀身に必要な性質は違いますから」


 右手で大鎚を握り直す。

 包丁用の小槌に比べると、柄が長く頭も重い。

 振り上げると、腕の筋肉にいつもと違う引っかかりを覚えた。


(……ふむ、少し重いな)


 一振り目。


 カン、と乾いた音が作業場に響く。

 鋼の表面がかすかに凹んだ。

 包丁の厚みなら一撃で形が変わる力加減だったが、剣用の塊はビクともしない。


 俺は息を吐き、肩の力を抜いた。

 肘と手首の位置を微調整する。

 大鎚の重さを腕力で振るうのではなく、重力と遠心力を乗せる軌道へと修正した。


 二振り目、三振り目。


 カン、カン、カン――!


 叩くごとに音が変わり、手応えが手に馴染んでいく。

 包丁より大きい。重量も違う。

 だが、叩いた瞬間に鋼がどう潰れ、どう延びようとしているか。

 その感覚そのものは、長年付き合ってきた鋼と何も変わらなかった。


「……初めてにしては、筋が良いどころじゃねえな」


 鋼を折りたたんでは叩き延ばす。

 叩いて伸ばし、また折る。


「……ここまででいい」


 バラムが覗き込んで相槌を打った。


 硬い鋼を外側の刃になる部分へ、粘りのある柔らかい鋼を芯と背の側に抱き合わせる。


「……混ざりきらねえと、境目から割れるぞ」

「大丈夫です。熱の回りと叩くタイミングさえ外さなければ馴染みます」


 硼砂を撒いて不純物を飛ばし、炉の奥で均一に熱を通す。

 色が重なったところで見切り、引き抜いた。


 ドス、ドス、と重い打撃音が響く。

 二つの鋼が、火花を散らしながら少しずつ馴染んでいく。

 叩き込むたびに境目が薄れ、やがて一枚の鋼になった。


 鋼を打ち延ばし、形状を整えていく。


 刀身の輪郭を叩き出しながら、俺は手元を見た。


「……やっぱり、こうですね」

「ん?」


 バラムが金床へ寄ってくる。


 叩き出している金属の塊は、既存の両刃剣とは明らかに異なる形状になり始めていた。


 刀身の背側には厚みを残し、そこから刃へ向かって緩やかに薄くなる構造だ。


「両側を刃にしないなら、背まで同じように薄くする必要がないでしょう。刃は刃として作る。背は背として残す」


 叩く位置を細かく変えながら、ハンマーの腹で鋼の向きを誘導していく。


 片側だけに傾斜をつけて叩きのめしていくと、金属の伸び率の違いによって、刀身が自然と湾曲し始めた。


 刀身を目の高さまで持ち上げ、通りを確認した。


「……これなら、少し反らせた方がいいな」


 横で見守っていたセシリアが、不思議そうに首をかしげた。


「反らせるの? 剣を?」

「ええ。刃を片側にしか付けないなら、こっちの方が自然です」


 平鎚に持ち替え、刀身の背側を慎重に叩いて微調整を加えた。

 真っ直ぐだった鉄の棒が、緩やかな弓なりの曲線を描いていく。


「叩き切るより、刃を滑らせる動きの方が自然でした。なら、この反りの方が合うでしょう」


 鍛造の粗打ちが終わった。


 金床の上に置かれた刀身は、黒い酸化皮膜に覆われていた。


 片側だけに刃がつき、背にはしっかりと厚みが残っている。

 全体が緩やかな弧を描いていた。


 セシリアが金床に歩み寄り、息を飲んでその形を見つめた。


「……剣、なのよね?」


 俺は手ぬぐいで額の汗を拭い、照れくさそうに苦笑した。


「一応、そのつもりです」


 バラムは言葉を失い、食い入るようにその刀身を見つめていた。


「……よし、仕上げの焼き入れに行きます」


 火床の温度を細かく調整した。


 焼き入れ前に粘土状の泥を取り出し、刀身の背側に厚く塗りつけた。

 刃側には薄く塗る。


「全部同じように焼きを入れないのか?」

「刃と背は、同じ役目じゃないですから。刃は硬く、背には粘りを残します」


 炉の中で、刀身が赤く、やがて澄んだ橙色へと染まっていく。

 刀身を引き抜くと。

 用意しておいた水槽の中へ、斜めに一気に突き立てる。


 ――ジュッ!


 水蒸気が立ち上り、作業場を白い霧が覆う。

 水蒸気が途切れ、泡立つ音が静まるまで、腕を固定したまま微動だにしなかった。


 引き上げられた刀身。


 黒い泥が剥がれ落ち、水滴を弾く金属肌が露わになる。


「……綺麗」


 セシリアがぽつりと漏らした。


「まだ仕上げ前ですよ」


 刀身を持ち上げ、光にかざした。


 バラムがその刀身に目を凝らし、ハッと息を飲んだ。


「鍛えた時より、反りがはっきりしたな……!」

「焼きで少し動いたんでしょうね」


 俺は刀身を眺めた。


「……狙った形に近くなりました」


 爪で刀身を軽く弾く。


 キン――と、どこまでも澄んだ高い金属音が作業場に響き渡り、長く余韻を残した。


 刀身を目の高さに掲げ、曲がりと歪みを確かめる。


「あとは刃を整えて、柄を合わせれば使えそうですね」


 セシリアが待ちきれない様子で身を乗り出した。


「もう振ってもいい?」

「まだ駄目ですよ。刃も仕上がってませんから」


 冷めゆく刀身を布で拭いながら呟いた。


「……でも、思ったより悪くないですね」

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