第36話 片刃刀
「よし。じゃあ早速叩いてみましょう」
俺は作業場の中心にある炉へ視線を向けた。
赤々と爆ぜる炭の熱気に、じわりと汗が浮いた。
バラムが腕を組み、炉と俺を交互に見やった。
「まず何からやる?」
「まずは鋼を見せてもらえますか」
バラムは頷き、棚の奥から鍛造用の鋼材を取り出した。
長方形に整えられた、ずっしりと重みのある鋼の塊が手渡される。
両手でそれを受け取り、指先で表面の肌目をなぞり、持ち上げて重さを確かめた。
「……なるほど」
「どうだ?」
「包丁に使う鋼とは少し違いますね。叩いたときの締まり方も違いそうだ」
バラムは鼻を鳴らした。
「剣用の鋼だ。硬さと粘りの釣合いが難しくてな」
「剣の場合って、最初はどうするんです?」
俺の問いに、バラムは眉をひそめた。
「あんた、本当に剣の打ち方を知らんのだな」
「ええ。包丁しか叩いたことがありませんから」
「……まずは鋼をタガネで割って、必要な大きさに切り分ける。それを熱して、目的の形に叩き伸ばしていくんだ」
「分かりました。じゃあ、切り分けて温めましょう」
バラムの指示通りにタガネを当て、鋼を適切な量に叩き割った。
それを火箸で挟み、炉の奥へ押し込む。
赤く熾った炭の間で、鋼が徐々に色を変えていく。
バラムが横から覗き込み、口を開きかけた。
「まだだ。芯まで熱が通るには――」
「今です」
火箸で鋼を掴み、火床から引き出す。
鋼は、薄い橙色と黄色が混ざった色になっていた。
熱すぎず、冷たすぎず、叩くのに一番適した瞬間だ。
「……おい、分かるのか?」
バラムが目を丸くした。
「鋼はこれまで何度も打ってますから。色と熱の匂いで分かりますよ」
金床の上に鋼を置いた。
まずは薄く叩き延ばし、少量を切り出して水に入れる。
破断面の粗さと光沢を覗き込む。
(……ふむ、こっちは硬いが脆い。こっちは粘りが強いな)
「バラムさん、この柔らかい方の鋼も使います」
「あ? 二種類使うのか?」
「ええ。刃は硬くしたいですが、刀身全部を硬くする必要はないでしょう。刃に必要な性質と、刀身に必要な性質は違いますから」
右手で大鎚を握り直す。
包丁用の小槌に比べると、柄が長く頭も重い。
振り上げると、腕の筋肉にいつもと違う引っかかりを覚えた。
(……ふむ、少し重いな)
一振り目。
カン、と乾いた音が作業場に響く。
鋼の表面がかすかに凹んだ。
包丁の厚みなら一撃で形が変わる力加減だったが、剣用の塊はビクともしない。
俺は息を吐き、肩の力を抜いた。
肘と手首の位置を微調整する。
大鎚の重さを腕力で振るうのではなく、重力と遠心力を乗せる軌道へと修正した。
二振り目、三振り目。
カン、カン、カン――!
叩くごとに音が変わり、手応えが手に馴染んでいく。
包丁より大きい。重量も違う。
だが、叩いた瞬間に鋼がどう潰れ、どう延びようとしているか。
その感覚そのものは、長年付き合ってきた鋼と何も変わらなかった。
「……初めてにしては、筋が良いどころじゃねえな」
鋼を折りたたんでは叩き延ばす。
叩いて伸ばし、また折る。
「……ここまででいい」
バラムが覗き込んで相槌を打った。
硬い鋼を外側の刃になる部分へ、粘りのある柔らかい鋼を芯と背の側に抱き合わせる。
「……混ざりきらねえと、境目から割れるぞ」
「大丈夫です。熱の回りと叩くタイミングさえ外さなければ馴染みます」
硼砂を撒いて不純物を飛ばし、炉の奥で均一に熱を通す。
色が重なったところで見切り、引き抜いた。
ドス、ドス、と重い打撃音が響く。
二つの鋼が、火花を散らしながら少しずつ馴染んでいく。
叩き込むたびに境目が薄れ、やがて一枚の鋼になった。
鋼を打ち延ばし、形状を整えていく。
刀身の輪郭を叩き出しながら、俺は手元を見た。
「……やっぱり、こうですね」
「ん?」
バラムが金床へ寄ってくる。
叩き出している金属の塊は、既存の両刃剣とは明らかに異なる形状になり始めていた。
刀身の背側には厚みを残し、そこから刃へ向かって緩やかに薄くなる構造だ。
「両側を刃にしないなら、背まで同じように薄くする必要がないでしょう。刃は刃として作る。背は背として残す」
叩く位置を細かく変えながら、ハンマーの腹で鋼の向きを誘導していく。
片側だけに傾斜をつけて叩きのめしていくと、金属の伸び率の違いによって、刀身が自然と湾曲し始めた。
刀身を目の高さまで持ち上げ、通りを確認した。
「……これなら、少し反らせた方がいいな」
横で見守っていたセシリアが、不思議そうに首をかしげた。
「反らせるの? 剣を?」
「ええ。刃を片側にしか付けないなら、こっちの方が自然です」
平鎚に持ち替え、刀身の背側を慎重に叩いて微調整を加えた。
真っ直ぐだった鉄の棒が、緩やかな弓なりの曲線を描いていく。
「叩き切るより、刃を滑らせる動きの方が自然でした。なら、この反りの方が合うでしょう」
鍛造の粗打ちが終わった。
金床の上に置かれた刀身は、黒い酸化皮膜に覆われていた。
片側だけに刃がつき、背にはしっかりと厚みが残っている。
全体が緩やかな弧を描いていた。
セシリアが金床に歩み寄り、息を飲んでその形を見つめた。
「……剣、なのよね?」
俺は手ぬぐいで額の汗を拭い、照れくさそうに苦笑した。
「一応、そのつもりです」
バラムは言葉を失い、食い入るようにその刀身を見つめていた。
「……よし、仕上げの焼き入れに行きます」
火床の温度を細かく調整した。
焼き入れ前に粘土状の泥を取り出し、刀身の背側に厚く塗りつけた。
刃側には薄く塗る。
「全部同じように焼きを入れないのか?」
「刃と背は、同じ役目じゃないですから。刃は硬く、背には粘りを残します」
炉の中で、刀身が赤く、やがて澄んだ橙色へと染まっていく。
刀身を引き抜くと。
用意しておいた水槽の中へ、斜めに一気に突き立てる。
――ジュッ!
水蒸気が立ち上り、作業場を白い霧が覆う。
水蒸気が途切れ、泡立つ音が静まるまで、腕を固定したまま微動だにしなかった。
引き上げられた刀身。
黒い泥が剥がれ落ち、水滴を弾く金属肌が露わになる。
「……綺麗」
セシリアがぽつりと漏らした。
「まだ仕上げ前ですよ」
刀身を持ち上げ、光にかざした。
バラムがその刀身に目を凝らし、ハッと息を飲んだ。
「鍛えた時より、反りがはっきりしたな……!」
「焼きで少し動いたんでしょうね」
俺は刀身を眺めた。
「……狙った形に近くなりました」
爪で刀身を軽く弾く。
キン――と、どこまでも澄んだ高い金属音が作業場に響き渡り、長く余韻を残した。
刀身を目の高さに掲げ、曲がりと歪みを確かめる。
「あとは刃を整えて、柄を合わせれば使えそうですね」
セシリアが待ちきれない様子で身を乗り出した。
「もう振ってもいい?」
「まだ駄目ですよ。刃も仕上がってませんから」
冷めゆく刀身を布で拭いながら呟いた。
「……でも、思ったより悪くないですね」




