第35話 その刃、必要ですか?
「剣、ですか……?」
「ええ」
「俺は包丁職人ですよ。剣なんて作ったことも叩いたこともありません」
鍛冶屋なら何でも打てると思われたら困る。
包丁と剣では、打つ工程も目的もまるで別物だ。
セシリアは少しも引かずに俺を見返してきた。
「知っているわ。でも、あなたが仕立てた包丁を見たの。形や硬さだけじゃなく、使う人間に合わせて作られている。……私が作ってきた剣には、それが足りないの」
「セシリアさんも鍛冶師なんですよね? だったら自分で作った方が早いんじゃないですか」
「自分で作ったからこそ、分かるのよ」
セシリアはそう言って、少しだけ言葉を探すように黙った。
「形も、重さも、硬さも……何度も調整したわ。記録に残っているものも調べたし、実際に振ってみてもいる」
セシリアはおういって手元に視線を落とした。
「でも……何かが違うの」
「違う?」
「ええ。ちゃんとした剣にはなっている。けれど、私が握っても、どうにも自分の手の先まで馴染んでこないの」
セシリアは苦笑した。
「何度作り直しても、同じなのよ。悪くはない。でも、これでいいとも思えない」
顔を上げて俺を見た。
「だから、一度あなたに作ってほしいの」
真面目な目だった。
俺は少し考え、顎を擦った。
「……そうですね。何も知らんままじゃ話になりませんからね。……まずは――」
「作ってくださるんですか!?」
セシリアが身を乗り出して俺の手を握ってきた。
「まずは、剣がどんな使われ方をしているのか、見せてもらえませんか?」
「使われ方……ですか」
「ええ。包丁を作る時も同じです。誰がどんな風に刃を動かすのかを見ないと、何も作れませんから」
包丁も、魚を捌く者と肉を切り分ける者では刃の付け方が変わる。
剣も同じ道具であるなら、使い手を見ずに打つことなどできない。
「分かりました。いつなら都合がいいかしら?」
「そうですね……店がありますから。次の定休日、三日後なら動けますよ」
「なら、俺の工房を使えばいい」
これまで黙って聞いていたバラムが、口を挟んだ。
「炉も道具も揃ってる。好きに使ってくれ」
「いいんですか?」
「剣を打つんだろう?」
「助かります」
「礼はいいから剣を見せてくれ」
定休日に合わせることで話がまとまり、二人は店をあとにした。
◇
三日後の朝、俺はバラムの工房を訪れた。
敷地内にある広い中庭へ案内されると、セシリアは既に準備を整えて待っていた。
革の胸当てを身につけ、手には一本の直剣が握られている。
「……セシリアさん。ひとつ聞いていいですか?」
俺は作業台の脇に立ち、尋ねた。
「何かしら?」
「どうして自分で剣を振るんです? 鍛冶師なら、剣士に振らせて感想を聞けばいいんじゃないですか」
「作った本人が使ってみなければ、本当の感触は分からないわ」
セシリアは柄を握り直した。
「もちろん、私は騎士のような剣術の達人じゃない。けれど、自分が打った鋼がどう重みを受け止め、どう空気を切るのかは、自分の腕で確かめたいの」
「なるほど」
俺だって、自分で打った包丁はまず自分の手で試す。
職人として筋の通った考え方だ。
「よし、じゃあ俺は見てますね」
セシリアが頷き、中庭の中央に立った。
スッと息を吐き、剣を構える。
ヒュッ、と澄んだ風切り音が響く。
上段からの振り下ろし、横への払い、斜めからの斬り下げ。
剣術について詳しくはないが綺麗な動きだ。
俺は腕を組み、セシリアの動きをじっと観察した。
彼女の手元と、刃が空気を切り裂く向き。
何度も素振りを繰り返し、剣を返すセシリアの動作を目で追う。
(……ふむ)
しばらく眺めたあと、俺は声をかけた。
「セシリアさん、少しいいですか?」
セシリアは肩を上下させ、薄く汗を浮かべながら剣を引いた。
「どう……かしら?」
「ひとつ気になったんですが」
俺はセシリアの手元を指差した。
「反対側の刃って、使わないんですか?」
セシリアが瞬きをした。
「……え?」
「さっきから見てましたけど、あなた、ほとんど表側の刃だけで斬ってますよね。剣を返す時も、手首を捻って同じ側の刃を相手に向けている」
セシリアは己の手に握られた剣を見下ろし、次はゆっくりと素振りの軌道をなぞった。
上から下へ振り下ろし、そのまま返して横へ払う。
刃の表側しか空気を切っていない。
背側の刃を使って斬り上げる動作をしてみせたが、肩が大きく開き、動きにわずかな引っかかりが生じた。
「……本当だわ。意識していなかったけれど、私は反対側の刃をほとんど使っていない」
「だったら」
俺はセシリアの持つ剣の、背側の刃を指で突いた。
「この背の刃、いらないんじゃないですか?」
バラムが眉間にシワを寄せ、一歩踏み出してきた。
「ガルド殿、両刃なのは戦の道具として当然だ。どちらの側からでも攻撃でき、切り返しもしやすい。大人数の兵士が扱う道具として、両刃以上に合理的な形はない」
「そうなんですか」
バラムの説明に俺は頷いた。
「大勢の兵士が使うなら、両刃の方が便利なんですね」
「そうだ」
「でも……セシリアさんは、さっきから片側しか使ってませんよね」
「そうね」
セシリアが自分の手元を見つめながら答えた。
「だったら、その人が使わない刃まで付けておく必要があるんでしょうか? 使わない刃をなくしたら、もっと別の形にできるんじゃないですか?」
「別の……形……」
セシリアがつぶやく。
バラムが腕を組み、重々しい声で言葉を継いだ。
「片刃の剣自体は、昔にも試されたことがある。だが、軍の剣術や使い勝手においては、結局は両刃が選ばれて廃れていったのだ」
「大勢で使うならそうなんでしょうね。ですが、いま目の前で振っているのはセシリアさん一人ですし。やってみないと分かりませんから、一度、片側だけに刃をつけた剣を試してみませんか?」
「……ええ」
セシリアが強く頷いた。
「やってみましょう、ガルドさん。片刃の剣を」
「よし。じゃあ早速叩いてみましょう」




