第34話 剣を作ってもらうことはできるかしら?
夜も更け、店内のお客もまばらになってきた頃だった。
そろそろ暖簾を引き込もうかとしていたところへ、カランと鈴が鳴った。
入ってきたのは、セシリアとバラムだ。
「いらっしゃい。ちょうど仕舞おうかと思ってたところだよ」
「今日は遅くなってしまったわね」
二人をカウンター席へ案内する。
今日は細長い布袋を持ってきていない。
てっきり剣でも見せにくるのかと思っていたが、そうでもないみたいだ。
俺は特に深く追求せず、残っていたオーク肉の鉄板焼きとパンを出した。
「今日はこれくらいしか出せないけどいいかい?」
「ええ」
「ありがたくいただく」
二人とも無言で料理を口に運んでいる。
バラムは美味そうに肉を噛み締め、セシリアはというと相変わらず包丁を眺めていた。
食後、茶を差し出すと、セシリアが杯を置いて俺を見た。
「ガルドさん。少し、あなたの仕事を見せていただくことはできないかしら?」
「仕事……ですか?」
今仕事をしている真っ只中じゃないか。
「ええ。あなたが道具に触れているところを、もう少し近くで見たいの」
「ああ」
なるほど。
包丁を打つ現場に興味があるということだったか。
だが、ここには火炉も金床もない。
「残念ですが、ここには炉がないのでね。新しい包丁を打つのは、遠くの鍛冶場を借りられる時だけなんですよ。今お見せできるのは、手入れくらいですが」
「手入れで構わないわ」
セシリアが食い気味に頷いた。
俺は二人を促し、厨房の奥にある勝手口から裏手へ出た。
軒下には小さな木製の作業台と、水桶、そして数種類の砥石が並んでいる。
いつも魔物を解体したあとや、仕込みの合間に包丁の手入れをする場所だ。
壁に掛けたランタンを外し、作業台の脇に置いた。
橙色の灯りが砥石と手元を照らし出す。
「ここで研いでるんです」
俺は作業台の前に腰を下ろした。
木桶から汲んだ水を砥石に回しかけ、包丁を手に持った。
セシリアは俺の真横に膝を折った。
口を開く様子もなく、ただこちらの両手に視線を注いでいる。
別に見られて困るような怪しい技術はないんだが……。
俺はいつもの手順で、砥石の表面に刃を当てた。
シャッ、シャッ、シャッ。
夜の静けさの中、水気を含んだ石と鋼が擦れ合う音が響く。
刃の角度を指先で保ちながら、均等に滑らせる。
数回研いだところで手を止め、包丁を持ち上げた。
親指の腹で刃先を軽く撫で、ランタンの光にかざして研ぎ幅を見る。
「……今、何を確認したの?」
セシリアが口を開いた。
「ん? いや、刃の当たり方が少し変だったものでね。中央から先端にかけて、ほんのわずかに角度が寝ていたんです」
「見て、触っただけで分かったの?」
「使っていれば手で分かりますよ。研ぎすぎると、今度は食材に刃が入る時の感覚が粗くなりますから」
俺は再び包丁を砥石に当て、かるく二、三回だけ滑らせた。
水気を布で拭き取り、光を滑らせて仕上がりを確認する。
これでよし。
セシリアは食い入るように俺の指先を見ていた。
「どうやって……その加減を判断しているの? 何か特別な法則や、指先の力の入れ方に基準があるの?」
俺にしてみれば難しい理屈などない。
「法則なんてありませんよ。三十年もやっていれば、手が覚えるものですよ」
「手が覚えている……?」
感覚を説明しろと言われてもうまく言葉では言い表せない。
包丁を作り続けて、いつの間にかそうなっていた。
「十五の頃からですかね。まあ、ずっと包丁を触ってきましたから」
「最初から……こんな風に研げたわけではないのでしょう?」
「まさか」
俺は苦笑して首を振った。
「最初なんて酷いものでしたよ。刃は波打つし、研げば研ぐほど切れなくなる。何度もやり直しましたよ」
俺は作業台の隅にある木箱を引き寄せた。
ガラクタ混じりに押し込んであった古い包丁を取り出し、セシリアに見せる。
「これなんか、俺が十六の時に初めて一人で仕立てたやつです」
セシリアは両手でそれを受け取った。
刃線は歪み、厚みも不均一だ。
柄の差し込みも甘く、今の俺から見れば恥ずかしくて人に見せられたものではない。
「最初は、こんなものでした」
「……これを、使った人がいたの?」
「ええ。母親が使ってくれたんです。『重くて使いづらい』『こんな包丁じゃ手が疲れる』って、散々文句を言われましたよ。文句を言われるたびに刃を削り直して、重心をずらして……そうやって少しずつ、マシな形にしていったんです」
セシリアは不格好な古い包丁と、俺が先ほど研ぎ終えた包丁を交互に見つめていた。
指先で古い刃の厚みを確かめ、柄を撫でる。
しばらくして、古い包丁をそっと作業台の上に置いた。
「これが、三十年の積み重ねですか……」
「大げさですよ。ただ、包丁を作ってきただけです」
セシリアは目を閉じ、胸に手を当てると大きく深呼吸した。
「ガルドさん」
「はい?」
セシリアはわずかに言いにくそうに視線を泳がせたあと、俺の目を見直した。
「……あなたに、剣を作ってもらうことはできるかしら?」
耳を疑った。
「剣、ですか……?」




