第33話 形ではなく、道具として
王宮の一角に置かれた古式鍛冶研究室には、火炉の爆ぜる音が響いていた。
扉が押し開かれ、セシリアが入ってきた。
その傍らにはバラムが控えている。
「セシリア様……! お戻りになられましたか」
年配の研究者が、緊張の面持ちで歩み寄る。
セシリアが手にした細長い布袋に、全員の視線が集中した。
「いかがでしたでしょうか。件の職人は……」
セシリアは静かに首を横に振ると、袋から剣を取り出し、木机の上へと横たえた。
「……硬すぎると言われたわ。刃も厚く、重心も前に寄りすぎていると」
研究室に小さなざわめきが広がった。
「そんなバカな……!」
「この寸法も、焼き入れの度合いも、古い記録に残された聖剣の寸法を寸分違わず再現したものですぞ!」
「硬度に関しても、魔物の甲殻を断ち切るために極限まで高めたはず……」
研究者たちは、残された文献と聖剣の断片を頼りに、刃の厚さ、重心、鋼の硬度まで徹底的に再現してきた。
彼らにとって、この寸法こそが正解のはずだった。
「ですがセシリア様、この形状こそが古記録における正統。名もなき包丁職人の言葉をそのまま鵜呑みにするのは……」
「それなら、実際に使う人に聞いてみましょう」
セシリアは演習場へ一人の騎士を呼び寄せた。
立ち会ったのは、近衛騎士団に所属する中堅の騎士だ。
数々の魔物討伐戦を経験しており、実戦における剣の評価には定評がある。
「この剣を試してほしい」
セシリアから手渡された模造聖剣を引き抜き、騎士は軽く空を切った。
ブウン、と風切り音が室内に響く。
「……悪い剣ではありません」
騎士は剣を両手で支えながらセシリアを見た。
「仕上がりは素晴らしい。切れ味も相当なものでしょう。ただ……少し重いですな。振ったあと、刃がわずかに残る感じがあります。一撃の威力は出そうですが、連続して振れば手首に相当な負担が来ます」
「では、実際に試撃に入ってくれ」
セシリアの指示で、演習場に標的が用意された。
硬い木製の標的、魔物の骨を模した素材、そして硬質な外皮。
それらを連続して打撃し、実践を想定した負荷を確かめる。
騎士が踏み込み、剣を振るった。
豪快な音とともに木製標的が半ばから叩き割られる。
切れ味自体は文句のつけようがない。
だが、三度、四度と連続して標的を打ち据えるうちに、騎士の動作にわずかな遅れが出始めた。
「……やはり、刃からの衝撃が腕に直接響きます」
息を乱した騎士が汗を拭った。
「魔物との長期戦になれば、腕への負担が問題になります。避けて、打ち、引き、再び斬りつける。その繰り返しの中で、この重さと硬さは使い手を削っていくでしょう」
セシリアは手元にあった鍛冶用の道具を取り出した。
「私がやるわ」
「セシリア様が、ですか……!?」
「ええ。聖剣の形をなぞるのを一度やめる」
セシリアは槌を握り、砥石を当てた。
一気に変えるのではない。一つ調整し、一つ確かめる。
刃厚をわずかに削り、重心を柄に引き戻す。
さらに焼きを入れ直し、硬度をわずかに抑えて粘りを残す。
柄の握り心地を微妙に調整し、手首にかかる負担を逃がす形へと変えていく。
「セシリア様……これでは……」
一人の研究者が耐えかねたように声を漏らした。
「これでは、我々が守ってきた聖剣の形状から大きく離れてしまいます! この刃の薄さ、この重心のバランスでは……」
改修後の剣は、記録にある聖剣のシルエットとは異なるものになりつつあった。
「……もう一度、振ってみて」
セシリアは騎士へ改修後の剣を差し出した。
騎士は戸惑いながらも剣を受け取り、柄を握り直す。
シュッ、シュシュッ。
空を切る音が変わった。
鋭く澄んだ音が連続して室内に響く。
騎士は間髪入れずに踏み込み、目の前に並べられた標的群へと向かった。
一撃目、二撃目、三撃目。
滑らかな軌道を描いて刃が走り、標的が次々と断ち切られていく。
踏み込みから引き戻しまでの動作に、一切の淀みがない。
「……こっちのほうが、断然いいです」
騎士は興奮を隠せない様子で剣を見つめた。
「刃が遅れてこない。自分が振りたいと思った方向に、吸い付くように刃がついてきます。これなら長時間戦っても手首が死にません。実戦で使うなら、間違いなくこちらを選びます」
「しかし……! しかしそれでは聖剣の形ではないですぞ!」
焦る研究者に対し、セシリアは一冊の古い羊皮紙をめくらせた。
最も古い聖剣の運用記録だ。
そこには、こう記されている。
『使い手の意を汲み、動きを阻害せず、力がそのまま刃へと伝わる』
『刃が手の延長となり、断つべきものを断つ』
研究者たちは、息を止めた。
「形を捨てて、使い手を見た結果……聖剣の性質へ近づいた、というのか……」
老研究者が震える声で呟いた。
「……あの人は、本当に聖剣のことを知らないのよね?」
「少なくとも、俺が尋ねた限りでは……」
傍らに立っていたバラムが応じた。
「ガルド殿は包丁職人です。使っているのも特別な魔鉱石ではなく、市井の鍛冶場にある普通の鋼。冷却魔法も使わなければ、魔法陣も。ただ……食材と料理人に合わせて、最も扱いやすい刃を作っているだけです」
「ただ……それだけだというの……?」
「ええ。ガルド殿の考え方は……聖剣の記録と、あまりにも一致しています」
重い沈黙が降り積もる。
「……形じゃなかったのね」
改修された剣を見つめながら、セシリアが呟いた。
私達はずっと、聖剣と同じ形を作ろうとしていた。
でも、あの人は違った。
あの人は、使う人と、切るものを見ていた
「……もう一度、あの人に会わないと」
「剣を見ていただくためですかな?」
「いいえ。今度は剣を見てもらうためじゃない。あの人が、どうやってあの刃を作っているのかを知るために」




